子どもたちは、一日の生活の中で役に立たないことばかりをして過ごしています。しかし、それを役に立たないからやめろとは誰も言いません。それは子どもとはそういうものだ。また子どもにとっては面白かったり、何か役に立っているのかもしれないという認識が大人の側にあるからなのです。

　物理学者のアインシュタイン（1879〜1955）は、1900年初頭に「相対性理論」を提唱しましたが、彼自身は相対性理論は実生活上では役に立たないと考えていました。しかし１世紀を過ぎた今日、私たちの生活は相対性理論なしでは成り立たない時代になっています。相対性理論では、光速に近づくと時間はゆっくり進み、重力が小さいと時間は早く進むことを明らかにしました。例えば地球上の宇宙空間を高度200ｋｍで進む人工衛星は秒速7.8km、時速28000ｋｍ程で飛び続けています。ですから、全地球測位システム（GPS）を担う人工衛星の時計を相対性理論に基づいて補正することで、私たちは正確な位置情報を得られることになり、カーナビゲーションに導かれて迷子になることもなく目的地に到着することができるのです。

　アインシュタインが実生活には役に立たないとしていた、相対性理論などの物理学をはじめ、基礎科学といわれる分野は、自然科学（物理学、化学、生物学、地球科学や天文学などの自然科学）全体の基礎となる理論的研究をする部門です。この基礎研究の分野は、研究している時点、また発見があった時点では役に立たなくても、その基礎研究や発見がもとになり、現代や未来の生活に生きてくるのです。

物理学者レントゲンが1895年に真空放電の実験中に偶然発見した�]線は、現代では体の中を写し出すレントゲン写真としてなくてはならないものになっていますし、1953年に発見されたDNAの二重螺旋構造は遺伝子研究を加速させ、現代では狙った遺伝子を効率よく改変できる「ゲノム編集」が可能になって難病治療に向けた研究が進んでいます。いま新型コロナウィルス検査に使われるPCR法は、ウィルス特有の遺伝情報を増やすというDNAの基本的な理解の上で実現しています。

近年、毎年のように日本の研究者がノーベル賞を受賞していますが、日本の基礎研究部門は衰退の危機にあるといわれています。文部科学省によると、2018年度に大学の博士課程に進んだ人は14900人。ピーク時の2003年度と比較すると3000人も減少しています。自然科学では、医学や歯学などの保健分野以外のすべての分野で減少しています。基礎研究の成果が実用化にすぐにつながる訳ではなく、アインシュタインやレントゲンの例でも理解できるように、社会の役に立つにしても長い時間がかかります。

役に立つ研究は大切ですが、基礎科学のように実生活上で直接役に立たない研究は「川の上流部分にあたり、その上流が枯れてしまえば、下流の部分に相当する実学的な成果も枯れていく」とノーベル賞を受賞した益川敏英さんは述べています。いま日本では「役に立つ」という視点が重視され、実用化研究に力を入れる政府は、近年は基礎研究に十分な予算を充てず、研究環境の悪化が懸念されています。

人類は知的好奇心を原動力に文明や文化を発展させてきました。子どもたちの「役に立たない一日」は、子どもたちが知的好奇心を満足させようとする「基礎研究」の第一歩なのです。