「さッチャン」や「犬のおまわりさん」などでお馴染みの作曲家大中恩さんが、昨年12月４日に召天されました。享年94歳。2017年の10月号でも大中先生のことについては触れていますが、冒頭の｢さッチャン｣や｢犬のおまわりさん｣などの誰もが知っている子どもの歌、そして1300曲にも及ぶ合唱曲を作曲されました。また大中先生の作品だけを歌う「コール・メグ」という合唱団を主宰して、自作の作品を次々とその合唱団をとおして発表されてきました。大中先生の父は、「椰子の実」で知られる作曲家の大中寅二氏。　大中先生とは、過去久留米での演奏会で二度ほどご一緒し、また久留米地区の幼稚園協会のPTA研修会にも講師として来ていただいて、子どもの歌の話や演奏をお母さんたちに楽しんでいただきました。

　大中先生は、とてもユーモアにあふれた方で、その研修会の中で「作曲家には著作権というものがあって、作曲したものが出版されたり演奏されると、著作権料として収入がある。自分の友人でもある作曲家の中田喜直さんには、春は｢めだかの学校」、夏は｢夏の思い出」、秋は｢小さい秋見つけた」、冬は｢雪の降る街を」があって、それこそ１年中演奏されて生活が保障されているのに、中田さんの奥さん、サチコさんていうんですが、そのサチコさんが｢さッチャン｣は何故ウチの人が作曲しなかったのかしら。なんていわれて、ぼくの｢さッチャン｣まで取られたら、自分はご飯が食べられなくなっちゃう｣などと会場のお母さんたちの笑いを誘っていたことが印象に残っています。大中先生と中田喜直氏は、昭和30年に「ろばの会」を結成して、テレビやラジオをとおして童謡を家庭へ届ける活動をされていました。

　アルコール類を一切嗜まない大中先生は、演奏会後の打ち上げなどでは、お茶やジュースで乾杯しながら、最後までお付き合いされて、料理の豆腐を食べながら「大正は豆腐なりにけり」（〜降る雪や 明治は遠くなりにけり〜中村草田男の句をもじって、大正生まれの大中先生が飛ばした洒落 !!）　その大中先生とのお話の中で、とても心に残ったことがあります。それは大中先生が「ぼくは難曲といわれる合唱曲を書いたりもするけど、「くもさん」なんかの童謡といわれるジャンルの曲がいちばん好きなんだ。これからも子どもたちのことを忘れずに、子どもたちが口ずさんで、そして歌い継がれる歌をつくっていきたい」と仰ったことでした。

　大中先生とは20年程前、東京で「大中恩作曲家生活50周年記念コンサート」を開くので出ておいで、といわれて出席し、演奏会後のパーティまでご一緒させていただきました。そこに集っていた大中先生の身内の方、詩人の坂田寛夫さん（大中先生の従弟で大中先生の曲の作詞多数）、作曲家の中田喜直さんをはじめ、音楽関係者の皆さんは、こんな言い方は失礼なのですが、なんだかみんな子どものままの心をもった方々ばかりでした。打ち上げのパーティの席ともなると、お酒も入って、多少下世話な話も飛び交ったりするものだとばかり思っていた私は、なんだか心の中が温かくなって帰路に着いたことでした。　それ以来、時候の挨拶程度でお目にかかる機会はありませんでしたが、大中先生の優しい柔和な笑顔はいつでも思い浮かべることができるのです。

　どうぞ安らかにお眠りください。合掌