第9回目

刑法ⅡB 補助プリント(No. 9) 詐欺罪①
246条1項 人を欺いて財物を交付させた者は,10年以下の懲役に処する。
   2項 前項の方法により,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者も,同項と同様とする。

1 詐欺罪の類型
 詐欺罪は詐欺(欺罔)行為によって,財物を交付させた場合(1項詐欺),もしくは財産上不法の利益を得たり,他人に得させた場合(2項詐欺)に成立する。なお、電子計算機使用詐欺罪(246条の2)がある。

2 詐欺(欺罔)行為
 1項詐欺も2項詐欺も,詐欺罪が成立するためには,<欺罔行為→錯誤→財物(利益)の交付>という因果関係が必要である。したがって欺罔行為は錯誤を惹起させる行為であり,機械に対する欺罔行為はない。【事例1】は磁石によってパチンコ玉を誘導した場合,【事例2】は窃取したキャッシュカードによって現金自動支払機から現金を引き出したケースであり,機械を欺罔できない以上,詐欺ではなく,窃盗が成立する。不作為による欺罔行為もありうる。不真性不作為犯であり,それゆえ,当該事実に妥当する法的な作意義務(真実告知の義務)が必要である。【事例3】は法的な告知義務がないとして,詐欺の成立を否定した。
【事例1】浦和地判昭和28・8・21判時8・19
<判旨>「被告人等は当り穴に玉を入れさえすれば玉が出るというパチンコ機械の装置に着眼し判示の如く磁石を使用してパチンコ機械の背面にある玉を引き出したにすぎないのであって,その過程において遊戯場の係員を欺罔しこれを錯誤に陥らせるという詐欺の本質的手段を講じてはいないのであるからパチンコ玉を騙取したもの,即ち詐欺と認めることはできない。又パチンコ玉の奪取はこれと交換に景品の交付を受くることを窮極の目的とするものではあるが,景品引換所に至り右奪取に係る玉を恰も正当に遊戯して得た玉であるものの如く装い,その係員に示したとき景品の騙取に着手したものというべく,未だその段階に至らないパチンコ玉の奪取自体を目して景品の騙取行為の着手であるとはいうことはできない。」
【事例2】大阪高判昭和55・3・3判時975・132
<判旨>「被告人は,……各預金払戻用キャッシュカード(以下,「カード」という)を窃取した後,その被害者らが友人でカードの暗証番号を知っていたことから,ひそかに,……,原判示のとおりS銀行T支店設置の自動支払機のカード入口に右窃取したカードをそれぞれ差し込み,同支払機の各暗証番号を押して現金を出させ,これを自己の支配下においたものであることが認められるから,被告人の欺罔により被害者の誤信による現金の交付があったものではなく,被告人が,カードを利用して,同支払機の管理者の意思に反し,同人不知の間に,その支配を排除して,同支払機の現金を自己の支配下に移したものであって,……カードの窃盗罪のほかに,カード利用による現金の窃盗罪が別個に成立するものというべきであり,……。」
【事例3】最判昭和31・8・30判時90・26
<判旨>「事実審が証拠によって確定したところによれば,被告人は請負人に代ってK町との間に工事請負契約を締結し,また請負人の代理人として右請負契約に基く工事代金を町から受領したものである。そしてかかる場合においては,被告人が請負人との内部の関係において請負人に承諾せしめた請負金額を,注文主たるK町に告知せねばならぬ法律上の義務が被告人にあるとすべき特段の事由は認めることができないのである。たとえ事実審の認定したごとく,被告人が,請負人に対してはK町の工事費予算額を知らせずその予算額よりはるかに低額で請負うことを承諾させ,……当初請負人の承諾した代金との差額を被告人が領得したとしても,被告人は町と請負人との間に有効に成立した請負契約に基づく当然の請負代金を受領したに止まり,被告人の本件所為が,町との関係において詐欺罪成立の要件たる騙取行為があったものとすることはできない。」

3 交付行為(処分行為)
 詐欺罪が成立するためには、錯誤により生じた「瑕疵ある意思」に基づき、財物が交付され(1項),利益が処分される(2項)必要がある。瑕疵ある意思に基づく処分行為が必要である。なお、処分行為がなければ,被害者の意思に基づく占有移転がないので,詐欺ではなく窃盗罪になる可能性がある【事例4】。この点【テキスト115頁以下】では,最高裁は詐欺の成立を認めているが,処分行為があったとは思えない。【事例5】をみても窃盗と詐欺の間はかなり微妙である。
【事例4】東京高判昭和49・10・23判時765・111
<判旨>「原判決挙示の証拠によれば,被告人は老人が生活扶助金を受取りに銀行に行くのを見て,これについて行き,同人がその普通預金口座に振り込まれた生活扶助金の払戻手続をするそばにいて,銀行の預金係の呼出に応じて逸早く預金係のところへ行き,引換票の提示を求められるや老人を手で招き,同人の差し出す引換票と引き換えに右預金係が生活扶助金3万4370円をカウンターの上に差出すや,素早くこれを受取り銀行の外に出てしまったことが認められ,なるほど銀行の預金係は被告人を老人の代りに金を受取りに来たものと誤信してこれを差出し,被告人は老人の附添いのように装い,これを受取ったことが窺われるが,……右金の占有は,なお銀行にあり,いまだその占有は被告人に移転していないと認めるのが相当であり,而して被告人が銀行あるいは本人の承諾を得ないでこれを持ったまま銀行の外に出てしまったことによりはじめてその金を自己の事実上の支配に移し,従ってこれに対する銀行の占有を侵奪したものと解するのを相当とする。それ故,原判決が被告人の所為を以て窃盗罪に問擬したのは正当であってこれを以て所論のように詐欺罪であるというのは当らない……」
【事例5】東京地八王子支判平成3・8・28判夕768・249
<判旨>「検察官は,『いわゆる「試乗」は,自動車販売店である被害者が,サービスの一環として,顧客になると予想される者に対し,当該車両の性能等を体験して貰うことを目的に行っているものであって,試乗時間は10分ないし20分程度を,その運転距離も試乗を開始した地点の周辺が予定されており,そのため試乗車には僅かなガソリンしか入れていないこと,試乗車にもナンバープレートが取り付けられており,仮に勝手に乗り回されても,直ちに発見される可能性が極めて高いことなどからすると,試乗に供された車輌については被害者の事実上の支配が強く及んでおり,被告人の試乗車の乗り逃げ行為によって初めて,被害者側の事実上の支配を排除して被告人が自己の支配を確立したと見るべきであり,窃盗罪が成立することは明らかである。』旨主張する。……(しかし)……,本件のように,添乗員を付けないで試乗希望者に単独試乗させた場合には,たとえ僅かなガソリンしか入れておかなくとも,被告人が本件でやったように,試乗者においてガソリンを補給することができ,ガソリンを補給すれば試乗予定区間を外れて長時間にわたり長距離を走行することが可能であり,……,もはや自動車販売店の試乗車に対する事実上の支配は失われたものとみるのが相当である。
   そうすると,添乗員を付けなかった本件試乗車の被告人による乗り逃げは,被害者が被告人に試乗車の単独乗車をさせた時点で,同車に対する占有が被害者の意思により被告人に移転しているので,窃盗罪は成立せず,従って,主位的訴因ではなく予備的訴因によって詐欺罪の成立を認めたものである。」

4 個別事例の検討
(1)クレジットカードの不正使用
 クレジットカードの決済は,販売者・購入者・信販会社の3点の関係の中でおこなわれる。カードの決済方法も普及しているが,被害者を販売者とみるのか【事例6】,信販会社とみるのか(多数説),理論構成が問題になる。実態をみれば,学説の多くが説くように,信販会社を被害者とみる方が事態に即しているように思われる。詐欺罪の成立を否定する見解もある(山中)。なお,クレジットカード詐欺については,【テキスト131頁以下】の最高裁決定を参照。
【事例6】福岡高判昭和56・9・21刑月13・8=9・527
<判旨>「先ずクレジットカードを利用する場合でも,それが売買であれ,飲食あるいは宿泊であれ,すべてその代金は利用客が負担することになることは言うまでもなく,右代金は中間で信販会社により加盟店へ立替払されるが,最後に利用客から信販会社へ返済されることが前提となって,この制度が組立てられていることば明白である。したがって,会員がカードを呈示し売上票にサインすることは,とりも直さず右利用代金を信販会社に立替払してもらい,後日これを同会社に返済するとの旨の意思を表明したものにほかならず,カードの呈示を受けた加盟店においても,その趣旨で利用客から代金が信販会社に返済されることを当然視して利用客の求めに応じたものと解するのが相当である。若し利用客に代金を支払う意思や能力のないことを加盟店が知れば,クレジットカードによる取引を拒絶しなければならないこと信義則上当然のことであり,このような場合にまで右拒絶が信販会社によって禁止されていることは到底考えられない。一見確かに,加盟店はカード利用による代金を信販会社から確実に支払ってもらえるから,利用客の信販会社に対する代金支払の有無などにかかわずらう必要がないかのように考えられがちであり,この点原判決の無罪理由にも一理ないとは言えないが,前叙のようなクレジットカード制度の根本にさかのぼって考えると,一面的な見方と言うほかはない。結局被告人が,本件において,信販会社に対してその立替払金等を支払う意思も能力も全くなかったのに,クレジットカードを使用した以上,加盟店に対する関係で,右カードの使用(呈示)自体がこれをあるように仮装した欺罔行為と認めるのが相当であり,その情を知らない加盟店からの財物の交付を受け,若しくは財産上の利益を得た本件各行為は,詐欺罪に当たると言わなければならない。」