第8回目

刑法ⅡB 補助プリント(No. 8) 事後強盗罪ほか
238条 窃盗が、財物を得てこれを取り返されることを防ぎ、逮捕を免れ、又は罪跡を隠滅するために、暴行又は脅迫をしたときは、強盗として論ずる。
239条 人を昏酔させてその財物を盗取した者は、強盗として論ずる。
240条 強盗が、人を負傷させたときは無期又は6年以上の懲役に処し、死亡させたときは死刑又は無期懲役に処する。

1.事後強盗罪
(1) 身分犯
 238条の事後強盗罪は一般に身分犯とされる。したがって,その身分をどう考えるかによって,共犯をめぐり複雑な問題が生じる。特に,暴行・脅迫についてのみ関与した者の罪責は,構成的身分と解すれば(西田,前田)事後強盗罪の共犯となり【テキスト101頁】,加減的身分と解すれば(大塚,大谷,曽根)暴行・脅迫罪の共犯となる。なお,事後強盗罪を内容的に2分し,構成的身分犯と加減的身分犯の2類型とする説(佐伯),身分犯であることを否定し,窃盗罪と暴行・脅迫罪の結合犯とする見解もある(中森,山口)。
(2) 暴行・脅迫
 事後強盗罪も,強盗罪である以上,強盗罪の場合と同様,暴行・脅迫は相手方の取り返し行為や逮捕行為を抑圧すべき程度のものでなければならない。また,暴行・脅迫は窃盗の反抗現場または窃盗の機会の継続中におこなわれなければならない。
【事例1】最決昭和34・3・23刑集13・3・391
<判旨>「Xは……進行中の電車内において乗客Aの着用していたズボン左側ポケツト内からA所有の現金5000円在中の財布を掏り取り現行犯人として乗務車掌に逮捕され,警察官に引渡すべく連行中同日午前11時25分頃右○○駅下り線ホームにおいて右乗務車掌の隙を窺い逃走を企て右車掌に判示暴行を加え因って同人に判示傷害を与えたというのであるから,Xの所為は正に窃盗犯人が逮捕を免れるたる暴行を為した場合にあたること論をまたない。……Xが右車掌に暴行を加えたのは前記のような状態の下において為されたものである以上,暴行が窃取の時より5分経過して居り電車外のホームで行われたからといって,右暴行は本件窃盗の現行の機会延長の状態で行われたものというべきであるから被告人の所為がいわゆる事後強盗罪を構成すること明らかである。」
【事例2】最決平成14・2・14刑集56・2・240
<事実>被告人は,被害者方に侵入し指輪を窃取した後,なお数日間,窃盗の犯意を持って被害者方の天井裏に潜み,某日午後3時30分頃焼酎等を窃取し再び天井裏にいたところ,被害者に気配を察知され,通報により駆けつけた警察官に対し,同日午後7時頃,逮捕を免れるため切り出しナイフで抵抗し傷害を負わせた。被告人は,事後強盗致傷罪で起訴されたが,1審(仙台地裁)は,①犯行完了後約3時間経過後という相当の時間的隔たりがあること,②容易に逃走できたのに当座寝泊まりする場所を確保する目的で天井裏に潜んでいたこと,③天井裏は居室内と隔絶した空間と評価できること,などを理由として,窃盗の機会継続中に行われたものとは認められないとして,窃盗罪および傷害罪の成立を認めた。これに対して,原判決は,①被告人は窃盗の犯意を継続しながら現場にとどまっていたこと,②天井裏は,その構造上,長時間家人に気づかれずに居続けられるような場所ではないこと,などを指摘して,被告人の潜んでいた場所と窃盗現場とは場所的接近性があり,時間的な接着性についても,被告人は,犯行後1時間ほどして帰宅した被害者から天井裏に潜んでいることを覚知されているので,その間さらに窃盗の犯意を持ち続けていたことなどを考えると,窃盗の犯行との時間的接着性がある等として,事後強盗致傷罪の成立を認めた。
<決定要旨>「なお,原判決の認定によれば,被告人は,被害者方で指輪を窃した後も犯行現場の真上の天井裏に潜んでいたところ,犯行の約1時間後に帰宅した被害者から,窃盗の被害に遭ったこと及びその犯人が天井裏に潜んでいることを察知され,上記犯行の約3時間後に被害者の通報により駆け付けた警察官に発見されたことから,逮捕を免れるため,持っていた切出しナイフでその顔面等を切り付け,よって同人に傷害を負わせたというのである。このような事実関係によれば,被告人は,上記窃盗の犯行後も,犯行現場の直近の現場にとどまり,被害者等から容易に発見されて,財物を取り返され,あるいは逮捕され得る状況が継続していたのであるから,上記暴行は,窃盗の機会の継続中に行われたものというべきである。したがって,被告人に強盗致傷罪の成立を認めた原判断は,相当である。」
2.昏睡強盗罪
 人を昏睡させて財物を盗取する類型であり,昏睡とは,「薬や酒を用いるなどして,被害者の意識作用に一時的または継続的障害を生ぜしめて,物に対する有効な支配を及ぼしえない状態に陥らせることをいい,必ずしも意識を喪失させることを要しない」(東京高判昭和49年5月10日東高刑時25巻5号37頁)。人が昏睡状態にあることに乗じて財物を盗取するだけでは足りない。
3.強盗致死傷罪
(1)強盗の機会
 強盗致死傷罪はきわめて重い刑罰が規定されており,致死傷の結果は「強盗の機会」に生じることが必要である【テキスト104頁】。学説の多くは,機会説では広すぎると考えており,強盗行為とのさらに密接な関連性を要求する。【事例3】は本罪の成立を否定した事例である。
【事例3】最判昭和23・3・9刑集2・3・140
<判旨>「……刑法第240条後段の強盗殺人罪は強盗たる者が強盗をなす機会において他人を殺害することにより成立する犯罪であって,一旦強盗殺人の行為を終了した後新な決意に基いて別の機会に他人を殺害したときは右殺人の行為は,たとえ時間的に先の強盗殺人の行為に接近しその犯跡を隠ぺいする意図の下に行われた場合であっても,別箇独立の殺人罪を構成し,之を先の強盗殺人の行為と共に包括的に観察して1箇の強盗殺人罪とみることは許されないものと解すべきである。ところが,原判決摘示の事実によれば被告人は外2名と共謀の上京都市伏見区深草XX番地H方家人を殺害して金品を強奪しようと決意し,昭和21年12月28日午後11時頃より翌3月1日午前1時半頃迄の間において右H方同市同区XX附近及同市下京区XX附近においてH外2名を殺害してH家より金品を強奪した後右犯行の発覚を防ぐため判示のようないきさつで被告人等の顔を見知っている判示Tを殺害しようと相談し,同人を同市下京区東九条XX番地の空家内に誘い出し3月1日午前6時30分頃同所において同人を殺害したというのであって強盗殺人の行為をした後先の犯行の発覚を防ぐため改めて共謀の上数時間後別の場所において人を殺害したこと明白であるから、前記の法理により被告人等が判示Tを殺害した行為はH外2名に対する強盗殺人罪に包含せられることなく別箇独立の殺人罪を構成するものといわなければならない。……」
(2) 傷害の程度
 前述した法定刑の重さから,強盗傷人・致傷の場合,傷害の程度が問題になる。傷害罪における傷害と同じもので足りるとする判例もあるが【事例4】,より高い程度に限定すべきであるとの判例もある【事例5】。学説は後者の立場が多い。軽度の傷害は強盗罪に含まれて包括評価される(山口)と考えるべきである。
【事例4】東京高判昭和62・12・21判時1270・159
<判旨>「……そこで検討するに,下級裁判所の裁判例の中には,所論指摘のごとく,強盗致傷罪における傷害は傷害罪における傷害とは異なり,生活機能をある程度毀損するものであることを要するとするものもあるが,当裁判所は,強盗致傷罪と傷害罪における傷害の意義を別異に解釈しなければならない根拠はないと考える。……」
【事例5】大阪地判昭和54・6・21判時948・128
<判旨>「……そこで強盗致傷罪における傷害の程度を検討してみるに,傷害罪と暴行罪の法定刑の下限はいずれも科料で同一であるのに対し,強盗致傷罪の法定刑の下限と強盗罪の法定刑の下限との間には傷害の有無によって懲役2年もの差があるうえ,強盗致傷罪においては例え財物奪取が未遂にとどまっても同罪の既遂の刑責を負い,未遂減軽の余地がなく,同罪の保護法益としては,人の生命,身体が格段に重視されていること,更に強盗致傷罪自体無期又は7年以上の懲役という極めて重い法定刑を規定していることからいっても,同罪における傷害は右重い法定刑に値する類型性をもったものでなければならないこと,又強盗罪の構成要件要素たる暴行は,直接被害者の身体に加えられることを要し,かつその程度も暴行罪における暴行よりも強度な,被害者の反抗を抑圧する程度のものでなければならないと解されているが,このような有形力が行使された場合には,被害者の身体の一部に軽度の発赤や皮下出血あるいは腫脹等の痕跡が残るのがむしろ一般であり,このような軽微な生理的機能の障害は,右暴行に伴う当然の結果と言い得ること等から考え,強盗致傷罪における傷害の程度は,傷害罪におけるそれよりは強度の生理的機能の障害ないし健康状態の不良な変更を受けたことを要し,日常生活にほとんど支障をきたさず,強盗罪における暴行による不可避的な結果と認められる程度の僅かな創傷の類は,強盗致傷罪の傷害には該当しないと解するのが相当である。……」
(3) 未遂犯
【事例6】最判昭和23・6・12刑集2・7・676
<判旨>「……しかし強盗に着手した者がその実行行為中被害者に暴行を加へて傷害の結果を生ぜしめた以上財物の奪取未遂の場合でも強盗傷人罪の既遂をもつて論ずべきである。然らば原審が原判示の事実に対し強盗傷人罪の既遂として被告人等を処断したのは正当である。被告人等が所論の如く中途で犯意を抛棄し逃走することのみに心を用ひたものであるという事実は原審の認定しなかつた事実であるから所論は結局原審の事実認定を非難するに帰着し論旨は理由がない。」