第7回目

刑法ⅡB 補助プリント(No. 7) 強盗罪①

236条1項 暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は,強盗の罪とし,5年以上の有期懲役に処する。
2項 前項の方法により,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者も,同項と同様とする。
1.強盗罪の諸類型
 強盗罪は,財物を強取する財物強盗(236条1項)と財産上不法の利益を強取する利益強盗(236条2項)がある。この2つが強盗罪の基本類型であり,これに準じる「準強盗罪」として,事後強盗罪(238条)と昏睡強盗罪(239条)がある。加重類型として,強盗致死傷罪(240条)が,強姦との結合罪として,強盗強姦及び同致死罪(241条)がある。これらの強盗各罪には,未遂(243条)のみならず予備(237条)も処罰される。
2.強盗の手段-暴行・脅迫による「強取」
(1)暴行・脅迫の程度
 テキスト記載の判例が判示するとおり(テキスト84頁),強盗罪の手段としての暴行・脅迫は,被害者の反抗を抑圧するものでなければならない【事例1】。その程度に至らなければ,強盗罪ではなく,恐喝罪が成立する。したがって,金品を強取しようとして脅迫したが,畏怖した被害者が逃走し,その際,被害者の落とした手袋を取得したとしても,強取とはいえない(名古屋高判昭和30年5月4日高刑特2巻11号501頁)。しかし,被害者の反抗が抑圧されている状態があれば,被害者の気づかないうちに行われた奪取も強盗行為としての「強取」にあたる【事例2】。
【事例1】最判昭和24・2・8刑集3・2・75
<判旨>「……他人に暴行又は脅迫を加えて財物を奪取した場合に,それが恐喝罪となるか強盗罪となるかは,その暴行又は脅迫が,社会通念上一般に被害者の反抗を抑圧するに足る程度のものであるかどうかと云う客観的基準によって決せられるのであって,具体的事案の被害者の主観を基準としてその被害者の反抗を抑圧する程度であったかどうかと云うことによって決せられるものではない。」
【事例2】最判昭和23・12・24刑集2・14・1883
<判旨>「……およそ,犯人が屋内に侵入して家人にピストル等を突きつけて脅迫した場合に家人は犯人が屋外に退出するに至るまで畏怖を感じ反抗を抑圧されることは当然であるから,犯人がその間家人の所持する財物を奪取すればそれは窃盗ではなく強盗であること言うまでもないことである。……」
(2)強取の成否が争われた限界事例
① いわゆる「引ったくり」のケース
 引ったくりは,それが財物を直接奪取する手段であったならば,反抗抑圧に向けられた有形力の行使(暴行)ではなく,強盗ではなく窃盗だと解される(西田,山口)。ただし,【事例3】は「引ったくり」自体を反抗抑圧手段としての暴行とした。自動車の利用が被害者の反抗を抑圧するものとされた。
【事例3】最決昭和45・12・22刑集24・13・1882
<事実> 夜間人通りのない場所で自ら普通乗用自動車を運転して通行中の女性に近付き,女性のハンドバツグに矢庭に手をかけ,相手方の驚いた隙を利用してハンドバツグをひったくるため自動車の窓からハンドバツグの、さげ紐をつかんで引っぱったが、相手方がハンドバックを離さなかったため,さげ紐をつかんだまま自動車を進行させ,女性を引きずって転倒させたり,車体に接触させたり,道路脇の電柱に衝突させてハンドバツグを奪取した件につき,強取を認め,強盗傷人とした。
<判旨>「……所論は,相手方の反抗を抑圧するに足る暴行はなされていないというけれども,前掲の事実に徴するも,被告人はその運転する自動車を単に相手方の物色用ないし事後の逃走用として利用したものではなく,自動車のボデイの重量体と自動車のスピードを犯行に利用し,特に夜間人通りが少い場所で女性から無理にハンドバツグを奪いとろうとする行為をなしたのであつて,被害者の女性がハンドバツグを手離さなければ,自動車に引きずられたり,転倒したりなどして,その生命,身体に重大な危険をもたらすおそれのある暴行であるから相手方女性の抵抗を抑圧するに足るものであったというべきである。」
 ② 財物を手に入れた後に共犯者が暴行・脅迫をしたケース
 下記の事例(詳細はテキスト85~88頁)では,財物の強取(1項強盗)を否定し,利益強盗(2項強盗)の成立を認めた。最高裁が指摘するように,窃盗もしくは詐欺が既遂になっているので,1項強盗は成立しないと考えるべきであろう。
【事例4】最決昭和61・11・18刑集40・7・523
<事実>被告人Xが属していた暴力団I組と,被害者Hが属していた暴力団M会とは,かねて対立抗争中であったが,Hと知人であった相被告人Yと話し合った結果,覚せい剤取引を口実にHをおびき出し殺害すればM会の力が弱まるし,覚せい剤を取ればその資金源もなくなると考え,Yは,Hに対し,覚せい剤の買手がいるように装って覚せい剤の取引を申し込み,Hから覚せい剤1.4キログラムを売る旨の返事を得たうえ,Xら他の3名と共にH殺害と覚せい剤奪取の計画を練ったが,ホテルでの取引に当たって,HがYに覚せい剤約1.4キログラムを手渡す展開になったので,Yはこれを受け取ってその場に居合わせたAに渡し,Aと共にホテルの303号室を出て309号室で待機していたXに対し303号室に行くように指示し,Aと共に逃走した。XはYと入れ替わりに303号室に入り,同日午前2時ころ,至近距離からHめがけて拳銃で弾丸5発を発射したが,Hが防弾チョッキを着ていたので,重傷を負わせたにとどまり,殺害の目的は遂げなかった。
<判旨>「……Xによる拳銃発射行為は,Hを殺害して同人に対する本件覚せい剤の返還ないし買主が支払うべきものとされていたその代金の支払を免れるという財産上不法の利益を得るためになされたことが明らかであるから,右行為はいわゆる2項強盗による強盗殺人未遂罪に当たる……,先行する本件覚せい剤取得行為がそれ自体としては,窃盗罪又は詐欺罪のいずれに当たるにせよ,前記事実関係にかんがみ,本件は,その罪と(2項)強盗殺人未遂罪のいわゆる包括一罪として重い後者の刑で処断すべきものと解するのが相当である」
③ 強盗以外の目的で暴行・脅迫し,後に,強盗の意思で財物を奪取したケース
 強盗罪は,相手方の反抗を抑圧する程度の暴行・脅迫を手段として財物を奪取する犯罪であり,財物奪取の手段となる「新たな暴行・脅迫」が必要である。判例には,必要とする判例【事例5】【事例6】,不必要とする判例【事例7】がある。なおテキスト90~93頁の東京高判平成20・3・19判タ1274・342も参照。
【事例5】東京高判昭和48・3・26高刑集26・1・85
<事実> 飲み屋で知り合った2人がけんかとなり,Xが手拳でAを1回殴打した後,Aの胸倉を掴んで,その顔面を手拳やサンダルのかかと部分で数回殴打し,その場にうずくまったAの胸部を2回位足蹴りにして,Aに加療約1週間を要する顔面および左胸部打撲傷の傷害を負わせ,抵抗の気力を失ってその場にうずくまっているAに対し、「お前本当に金がないのか」と申し向けながら,Aの背広左内ポケットに手を差し入れて定期券入れ在中の1万円札1枚および腕時計1個を奪ったケースで,東京地裁は強盗を認めたが,暴行を加えた時に,財物奪取の意思はないとして控訴。
<判旨>控訴棄却。「……強盗罪は相手方の反抗を抑圧するに足りる暴行または脅迫を手段として財物を奪取することによって成立する犯罪であるから,その暴行または脅迫は財物奪取の目的をもってなされるものでなければならない。それゆえ,当初は財物奪取の意思がなく他の目的で暴行または脅迫を加えた後に至って初めて奪取の意思を生じて財物を取得した場合においては,犯人がその意思を生じた後に改めて被害者の抗拒を不能ならしめる暴行ないし脅迫に値する行為が存在してはじめて強盗罪の成立があるものと解すべきである……(その上で,上記の態度により……),もしその財物奪取を拒否すればさらに激しい暴行を加えられるものと同人を畏怖させて脅迫し,その反抗を抑圧したうえ,同人からその所有の1万円札1枚および腕時計1個を取り上げて,これを強取した」。
【事例6】札幌高判平成7・6・29判時1551・142
<事実>被告人らは,暴行を加えて被害者を強姦した後,財物奪取の犯意を生じ,失神した被害者から現金や腕時計を奪った。札幌地裁は,新たな暴行・脅迫がないから,強盗ではなく窃盗とした。高裁は,訴訟手続につき法令違反を認めて,地裁に差し戻したが,新たな暴行・脅迫がないから,強盗ではなく窃盗とした点については,地裁の判断を肯定した。
<判旨>「失神した状態にある被害者に対しては,脅迫をすることは全く無意味というほかなく,……被害者が失神している場合は,もともと,脅迫をすることはもちろん,新たな暴行を加えることも考え難いから,犯人の主観としては,窃盗の犯意はあり得ても,暴行・脅迫による強盗の犯意は考え難いというべきである。……さらに,被害者が金品を奪取されることを認識していないのであるから,被害者が失神している状態にある間に金品を取る行為は,反抗不能の状態に陥れた後に金品を取る犯意を生じて,被害者に気付かれないように金品を盗み取る窃盗,更にいえば,殺人犯が人を殺した後,犯意を生じ死者から金品を取る窃盗とさほどの差異がないというべきである。」
【事例7】東京高判昭和37・8・30高刑集15・6・488
<判旨>「強姦の目的で婦女に暴行を加えたものがその現場において相手方が畏怖に基いて提供した金員を受領する行為は,自己が作為した相手方の畏怖状態を利用して他人の物につき,その所持を取得するものであるから,ひっきょう暴行又は脅迫を用いて財物を強取するに均しく,その行為は強盗罪に該当するものと解するのが相当である。…(中略)…強姦の目的でなされた暴行脅迫により反抗不能の状態に陥った婦女はその犯人が現場を去らない限りその畏怖状態が継続し,その犯人が速かに退去することを願って金品を提供する場合においても,その提供は右畏怖状態に基づく不任意な提供であることは明らかであって,これを受け取る行為は即ち相手方が畏怖状態に陥っているのに乗じ相手方から金品を奪取するに外ならない。従って……右犯人は刑法第236条にいわゆる『暴行又は脅迫を以て他人の財物を強取したる者』に該当するものと解すべきである。」