刑法ⅡB 補助プリント(No. 6) 窃盗罪②
3.窃取―占有の移転
(1)実行の着手
窃盗の実行行為は「窃取」であるが,それでは,どのような行為があれば窃取行為に着手したといえるだろうか。下記の判例が示すように,当初の最高裁判例は物色行為を要求していたが【事例1,2】,窃盗の着手時期は早くなってきている【事例4】。
【事例1】東京高判昭和24・12・10高刑集2・3・292
<判旨>「刑法第238条の窃盗が逮捕を免れるため暴行脅迫を加えたという準強盗罪の成立には犯人が少くとも窃盗の実行行為に着手したことを要するのである。しかして窃盗の目的で他人の家に侵入してもこれだけでは窃盗の実行着手ではない。其の着手というがためには侵入後金品物色の行為がなければならない。原判決が認定した事実は,被告人は昭和24年1月29日午後11時頃判示のような事情から窃盗の目的で判示A方に赴き同家北側の窓に足を掛け屋根に登り屋根伝いに2階南側の雨戸の開いていた箇所から同居宅に侵入した折柄,同家2階6畳間に就寝中の前記Aが其の物音に目覚めて起き上り飛び掛って来たので其の逮捕を免れる為矢庭に同人を力委せに突き倒して其の後頭部を後方の障子に打ちつけ,因って同人をして右ショックに因る心臓麻痺のため即死するに至らしめたのである。而して右事実(死因の点を包含する)は記録並びに原審の取調べた証拠(殊に死因については鑑定書)によっても誤認がないのである。なお被害者に所論のように心臓病患があったとしても右事情は普通あり得る事情であるから被告人の行為の因果関係を中断することはない。故に因果関係中断に関する論旨は理由ないのであるが右の様にA方に侵入しただけでは未だ窃盗の実行行為の着手とは認められない。従って右事実は準強盗でなく従ってAを現場で死に致しても強盗致死罪の成立がない。単に傷害致死罪の成立があるだけである。」
【事例2】最判昭和23・4・17刑集2・4・399
<判旨>「……原判決の認定するところによれば,被告人等は,共謀の上馬鈴薯その他食料品を窃取しようと企て,A方養蚕室に侵入し,懐中電燈を利用して,食料品等を物色中,警察官等に発見せられて,その目的を遂げなかったというのであって,被告人等は,窃盗の目的で他人の屋内に侵入し,財物を物色したというのであるから,このとき既に,窃盗の着手があったとみるのは当然である。従って,如上判示の事実をもつて,住居侵入,窃盗未遂の罪にあたると判断した原判決は正当である。」
【事例3】最決昭和29・5・6刑集8・5・634
<事実>被害者のポケットから現金をすり取ろうとしたが,目撃者に発見されその目的を遂げなかったという事案で,原審(広島高裁)は「刑法第43条にいわゆる「犯罪の実行に著手し」の意義については,……,行為が結果発生のおそれある客観的状態に到ったかどうかを考慮し,……これを本件について見るに,……被告人はAのズボンの右ポケット内に金品のあることを知りこれを窃取しようとして右手を同ポケットの外側に触れたが,Bに発見されてその目的を遂げなかつたことが認定できるから更に進んでポケット内に指先を突込む等の程度に至らなくとも,右は窃盗罪の実行に著手したと解するのが相当」としたことに対し,被告人が上告した。
<決定要旨>上告棄却。「……原判決認定のように,被害者のズボン右ポケツトから現金をすり取ろうとして同ポケツトに手を差しのべその外側に触れた以上窃盗の実行に着手したものと解すべきこというまでもない。」
【事例4】最決昭和40・3・9刑集19・2・69
<事実>被告人が,侵入窃盗の目的で,被害者方店舗内において,所携の懐中電灯により店内を照らしたところ,電気器具類が積んであることはわかったが,なるべく金を取りたいので自己の左側に認めた煙草売場のレジの方に行きかけた際,被害者らが帰宅し,被告人を発見して取り押さえようとした店主の胸部を所携の果物ナイフで突き刺して同人を死亡させ,その妻にも傷害を負わせたという事案において,原判決が被告人に窃盗の着手行為があったものと認め,刑法238条の「窃盗」犯人に当たるものと判断した事例。
<判旨>「被告人は昭和38年11月27日午前零時40分頃電気器具商たる本件被害者方店舗内において,所携の懐中電燈により真暗な店内を照らしたところ,電気器具類が積んであることが判ったが,なるべく金を盗りたいので自己の左側に認めた煙草売場の方に行きかけた際,本件被害者らが帰宅した事実が認められるというのであるから,原判決が被告人に窃盗の着手行為があったものと認め,刑法238条の『窃盗』犯人にあたるものと判断したのは相当である。」
(2)占有の取得(既遂時期)
窃盗罪は他人の財物を「窃取」したときに成立する。占有者から占有を奪い,自己に占有を移転させ,新たな占有が設定されたとき,窃盗は既遂となる。いわゆる「パチスロ機」の乱数周期と同期させる電子機器を使ってメダルを獲得する行為は、窃盗とされる【テキスト70】。
【事例5】最判昭和24・12・22刑集3・12・2070
<事実>鉄道機関助士で線路の地理や現場の事情に精通している被告人等が,進行中の貨物列車から積荷を突落し,後刻その場所に戻って拾う計画の下に,予定の地点で積荷を列車外に突落したときに,窃盗既遂を認めたケース。
<判旨>「被告人等が判示のごとく共謀計画して判示のごとく定められた目的の地点で積荷を列車外に突落した本件においては,特別の事情の認められない限り,その目的の地点に積荷を突落したときその物件は他人の支配を脱して被告人等共謀者の実力支配内に置かれたものと見ることができる。されば,原判決の窃盗既遂の判示は違法なものとして原判決を破棄しなければならない欠点があるものとはいえない。」
【事例6】大阪高判昭和29・5・4高刑集7・4・591
<判旨>「よって按ずるに,窃盗罪が既遂の域に達するには,他人の支配内にあるものをその支配を排して自己の支配内に移すことを要する。しかして窃盗犯人がその目的物件を工場の資材小屋内から取出し,未だ工場の構外に搬出しないような場合において,構内が一般に人の自由に出入し得るが如き場所であり,構内から物件を構外に搬出するにつき,なんら障碍排除の必要のないような場合には,犯人はその目的物件を小屋内から工場構内へ取出すと同時にその目的物に対する占有者の支配を排してこれを自己の支配に移したものといい得るから窃盗既遂をもつて論ずることができる。しかし,目的物件を小屋外へ取出しても,構内は一般に人の自由に出入することができず,更に門扉,障壁,守衛等の設備があって,その障碍を排除しなければ構外に搬出することができないような場合には,その目的物件をその障碍を排除して構外に搬出するか,あるいは少なくともそれに覆いをかぶせいんとくする等適宜の方法によりその所持を確保しない以上、未だその占有者の事実上の支配を排除して自己の支配内に納めたものとはいえないから,たとえその目的物件を小屋から構内を相当距離運搬したとしても,窃盗既遂をもつて論ずるわけにはいかない。」
【事例7】広島高判昭和45・5・28判タ255・275
<事実>空地に駐車中の自動車のエンジンを始動させた時,自動車窃盗は既遂だとした事例。
<判旨>「被告人らは,右のように,本件自動車をその駐車場所から付近道路まで移動させたばかりでなく,エンジンを始動させ何時にても発信可能の状態におくという行為に出た以上,すでに被害者の本件自動車に対する支配は排除され,被告人らの支配に移ったものということができるから,被告人らが更に進んで本件自動車を運転する行為をまつまでもなく窃盗罪の既遂になる……」