刑法ⅡB 補助プリント(No. 12)横領罪②
(No. 10)からの続き
⑥ 不法原因給付物
不法原因給付物については,最高裁の大法廷判決がある【事例1】。これによれば,物の所有権は被給付者に移ることになるので,被給付者がその物を任意に処分したとしても,横領にはならないとの解釈も成り立つ【テキスト160頁】。つまり,AがBにC殺害を依頼し,その報酬に前渡し金として100万円を交付したが,BはCを殺害せずに100万円を自己のために使ってしまったとしても,Bに横領罪は成立しないことになる。しかし,本当にそうなのかについて,【テキスト159頁】と【事例1】を比較して,真剣に考えるべきであろう。
【事例1】最大判昭和45・10・21民集24・11・1560
<事実>本件建物は,Xがその妾であるYとの不倫関係を継続する目的でYに対して贈与されたものであって,いわゆる不法原因給付にあたるとした原判決を支持し,民法708条は,みずから反社会的な行為をした者に対しては,その行為の結果の復旧を訴求しえない趣旨だから,その反射的効果として,本件建物の所有権はYに帰属することを示したケース。
<判旨>大法廷は,原判決(東京高裁)において,Xが「判示のような不倫の関係を継続する目的でYに住居を与えその希望する理髪業を営ませるために行なったもので,YもXのかような意図を察知しながらその贈与を受けたものであるとの事実」を不法原因給付にあたると認定したのを正当として是認し,それゆえ「本件建物を目的としてなされたXY間の右贈与が公序良俗に反し無効である場合には,本件建物の所有権は,右贈与によっては上告人に移転しないものと解すべきである。……しかしながら,……民法708条本文にいわゆる不法原因給付に当たるときは,本件建物の所有権は上告人に帰属するにいたったものと解するのが相当である。けだし,同条は,みずから反社会的な行為をした者に対しては,その行為の結果の復旧を訴求することを許さない趣旨を規定したものと認められるから,給付者は,不当利得に基づく返還請求をすることが許されないばかりでなく,目的物の所有権が自己にあることを理由として,給付した物の返還を請求することも許されない筋合であるというべきである。かように,贈与者において給付した物の返還を請求できなくなったときは,その反射的効果として,目的物の所有権は贈与者の手を離れて受贈者に帰属する……。」
⑦ 盗品
【事例2】最判昭和36・10・10刑集15・9・1580
<判旨>「大審院及び当裁判所の判例とする所によれば,刑法252条1項の横領罪の目的物は,単に犯人の占有する他人の物であることを以って足るのであって,その物の給付者において,民法上犯人に対しその返還を請求し得べきものであることを要件としない。論旨引用の大審院判決は,これを本件につき判例として採用し得ない。したがって,所論金員は,窃盗犯人たる第1審相被告人Ⅹにおいて,牙保者たる被告人に対しその返還を請求し得ないとしても,被告人が自己以外の者のためにこれを占有して居るのであるから,その占有中これを着服した以上,横領の罪責を免れ得ない。」
3.横領行為
横領行為の本質については,領得行為説(多数説)と越権行為説があるが,不法領得の意思をもって行うすべての行為を横領と解する領得行為説が正しい。判例も領得行為説に立つ【事例3】。横領における不法領得の意思とは,【事例4】の<判旨>が言うとおりであり,横領罪には占有侵害がないので,排除意思は要件とならない。ただし,判例によれば,毀棄・隠匿の意思もそこに含まれることになるが【事例5】,問題がある。横領が財産犯である以上,「経済的用法に従って利用・処分する意思」は必要であろう。一時使用の意思も含み【事例6】【事例7】,補填意思の存否も問わない【事例4】。もっとも,本人のために処分する意思であれば,不法領得の意思はないので,委託物横領罪は成立しない【事例8】【テキスト165頁】(最判昭和28・12・25刑集7・13・2721)。
【事例3】最判昭和27・10・17最高裁刑事裁判集68・361
<判旨>「横領罪は自己の占有する他人の物を自己に領得する意思を外部に発現する行為があったときに成立するものである。そしてその不法領得の意思を発現する行為は必ずしもその物の処分のような客観的な領得行為たることを要せず,単に領得の意思をもって為した行為たるをもって足るのである。」
【事例4】最判昭和24・3・8刑集3・3・276
<判旨>「横領罪の成立に必要な不法領得の意志とは,他人の物の占有者が委託の任務に背いて,その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意志をいうのであって,必ずしも占有者が自己の利益取得を意図することを必要とするものではなく,又占有者において不法に処分したものを後日に補填する意志が行為当時にあったからとて横領罪の成立を妨げるものでもない。」
【事例5】東京高判昭和34・3・16高刑集12・2・201
<判旨>「横領罪の成立に必要な不法領得の意思とは,他人の物を保管する者が他人の権利を排除してその物を自己の所有物のごとくに支配しまたは処分する意思をいい,必ずしもその物の経済的用法に従いこれを利用しまたは処分する意思は必要としないものと解すべく,従ってまた横領行為の一態様であるいわゆる拐帯行為とは,他人の物の保管者が前記のような不法領得の意思のもとに,その保管する他人の物をほしいままに持ち去り,もって他人の権利を排除し,その物を自己の所有物のごとくに支配しまたは処分し得る状態におく行為をいうものであると解するを相当とするところ,原判決は前記のようにその事実摘示として被告人において本件小切手5枚を前記現金と共に拐帯して逃走した旨を判示し,……これを横領したものと認定したのは正当であって,……原判決破棄の理由とはならないのであつて,論旨は理由がない。」
【事例6】大阪高判昭和46・11・26高刑集24・4・741
<判旨>「被告人は,原判示第1の日時本件自動車に乗って同判示のX方を出るときには,Xの承諾によって同自動車を借り受け,正当にこれを占有するに至ったことが明らかである。してみると,窃盗罪の成立するいわれはなく,被告人に右占有がなかったとの事実判断のもとに窃盗罪を認定した原判決は事実を誤認したものといわざるをえない。……被告人は……Y方において,同人より同人所有の普通乗用自動車1台(時価約90万円相当)を,……乗用することの許諾をえて貸与を受けて保管中,……それから同月17日警察官に逮捕されるまでの間,ほしいままに滋賀県内および福井県内等において自己のドライブ遊びに右自動車を乗り廻し,これを横領したものである」
【事例7】東京地判昭和60・2・13判時1146・23
<判旨>「被告人N,A,F及びJが,同年4月28日ころ,同年5月4日ころ,同月28日ころ及び同年6月4日ころの約4回にわたり,被告人NがG鉄工のために業務上保管中の別表記載の前同様の各資料のうち番号6,8,9,11,15ないし18,20,23ないし29,33,43,45ないし48,50ないし54及び56の各資料を,前記Pの事務所でコピーするために,前記EDPSグループ事務室から右プロテツクの事務所へ持ち出し,もって,自己の用途に供する目的でほしいままに右EDPSグループ事務室からG鉄工の社外へ持ち出して横領した」
【事例8】最判昭和33・9・19刑集12・13・3047
<判旨>「他人の金員を保管する者が,所有者の意思を排除して,これをほしいままに自己の名義をもって他に預金するが如き行為は,また,所有者でなければできないような処分をするに帰するのであって,場合により,横領罪を構成することがあるものといわなければならない。しかしながら,右の如き保管者の処分であっても,それが専ら所有者自身のためになされたものと認められるときは,不法領得の意思を欠くものとして,横領罪を構成しないことも,また,当裁判所の判例とするところである。」