第11回目

刑法ⅡB 補助プリント(No. 11) 横領罪①

1 横領罪の類型と保護法益
 横領罪には,委託物横領罪(252条-5年以下の懲役),業務上横領罪(253条-10年以下の懲役),占有離脱物横領罪(254条)がある。基本類型は委託物横領罪である。委託物横領罪は「自己の占有する他人の物」を横領したときに成立する。したがって領得罪の1種であり,不法領得の意思を要するが,他人の占有を侵害しない点,他の領得罪と異なる。自己の占有する物の「所有権と委託関係」が保護法益である。業務上横領罪はその加重類型である。占有離脱物横領罪は委託関係の侵害がない。なお,委託関係の内容については,「物を横領した者の背信性を基礎付ける義務としてではなく,物の委託者の委託に関する財産上の利益を意味すると解すべきである」(山口)が,背信性というモメントを横領罪から排除することはできない。
2 自己の占有する他人の物
(1)委託関係
 他人の物の占有は委託に基づくものでなければならない【事例1】。占有の取得に委託関係がなければ,占有離脱物横領罪の対象となる。テキスト【事例2】は,債務の弁済として受領した金銭を領得したケースであり,委託関係の存在が認められた。
【事例1】東京高判昭和25・6・19高刑集3・2・227
<判旨>「刑法第252条第1項の横領罪の成立するがためには物の占有の原因が委任,事務管理,後見等の委託関係に基づくことを要し,かかる委託関係が存在しない場合即ち遺失物,漂流物,誤って占有した物件,他人の置去つた物件,逸去した家畜等の場合においては刑法第254条の占有離脱物の横領罪が成立するは格別,刑法第252条第1項の横領罪は成立しない」。
【事例2】最決昭和33・5・1刑集12・7・1286
<事実>A会社の代表取締役である被告人は,同会社が有する債権をB組合に譲渡したが,債務者たるC会社に対する債権譲渡の通知前にC会社から支払われた金員を着服した事案。原判決は横領罪を肯定した。「債権を譲渡して,いまだ債権譲渡の通知を出さなかったとしても,該通知は債務者に対する対抗要件たるに止り,債権を譲渡した相手方たる前記協同組合と被告人が代表者取締役である前記A会社との間においては,右債権は完全に譲渡されて,右A会社は既に権利を失い,C会社から支払われた金員は右協同組合の所有に帰するわけであるから,右A会社が所有権を取得するいわれはない。従って被告人が該金員を右債務者より受領保管中自己又はA会社のために檀に使用するにおいては,自己の占有する他人の金員を自己又は第三者のために領得費消したこととなるから,横領罪を構成することは明らかである。」
<決定要旨>「原判決が同判示のごとき理由から,本件につき横領罪の成立を認めた第1審判決を是認したのも正当である。」
(2)横領罪における占有の意義
 他人の物の占有は,委託に基づかなければならないが,横領罪での「占有」は,物に対する事実的支配である窃盗罪における占有の意義よりも広く,法律的な支配を含む。大審院は預金による金銭の占有を認めたが,正当である。さもなければ,「振込・振替送金の場合には,金銭を手にしていないので,委託物横領罪は成立せず,背任罪の問題となる」(山口)からである。預金に関する問題として,預金通帳や印鑑を所持し処分権がある場合,小切手の振り出し権がある場合など,占有が認められる。銀行によって誤振込みされた場合,横領ではなく詐欺を認めるケースが多い【事例3】。【事例4】はその最高裁判決である。窃盗罪が成立するケースもあるだろう。遺失物横領罪が成立するという学説もある(曽根,林)。
【事例3】大阪高判平成10・3・18判タ1002・290
<判旨>「本件のような振込依頼人による誤振込であっても,振込自体は有効であって,振込先である預金口座の開設者においては,当該銀行に対し有効に預金債権を取得すると解されており(最高裁平成8・4・26判決・民集50・5・1267),したがって,誤振込による入金の払戻をしても,銀行との間では有効な払戻となり,民事上は,そこには何ら問題は生じない(後は,振込依頼人との間で不当利得返還の問題が残るだけである。)のであるが,刑法上の問題は別である。すなわち,原判決が(争点に対する判断)で説示するとおり,振込依頼人から仕向銀行を通じて誤振込であるとの申し出があれば,組戻しをし,また,振込先の受取人の方から誤振込であるとの申し出があれば,被仕向銀行を通じて振込依頼人に照会するなどの事後措置をすることになっている銀行実務や,払戻に応じた場合,銀行として,そのことで法律上責任を問われないにせよ,振込依頼人と受取人との間での紛争に事実上巻き込まれるおそれがあることなどに照らすと,払戻請求を受けた銀行としては,当該預金が誤振込による入金であるということは看過できない事柄というべきであり,誤振込の存在を秘して入金の払戻を行うことは詐欺罪の「欺罔行為」に,また銀行側のこの点の錯誤は同罪の「錯誤」に該当するというべきである(原判決の説明はやや異なるが、基本的な考えは同旨と思われる。)」
【事例4】最決平成15・3・12刑集57・3・322
<判旨>「銀行実務では,振込先の口座を誤って振込依頼をした振込依頼人からの申出があれば,受取人の預金口座への入金処理が完了している場合であっても,受取人の承諾を得て振込依頼前の状態に戻す,組戻しという手続が執られている。……これらの措置は,普通預金規定,振込規定等の趣旨に沿った取扱いであり,安全な振込送金制度を維持するために有益なものである上,銀行が振込依頼人と受取人との紛争に巻き込まれないためにも必要なものということができる。……したがって,銀行にとって,払戻請求を受けた預金が誤った振込みによるものか否かは,直ちにその支払に応ずるか否かを決する上で重要な事柄であるといわなければならない。これを受取人の立場から見れば,受取人においても,銀行との間で普通預金取引契約に基づき継続的な預金取引を行っている者として,自己の口座に誤った振込みがあることを知った場合には,銀行に上記の措置を講じさせるため,誤った振込みがあった旨を銀行に告知すべき信義則上の義務があると解される。社会生活上の条理からしても,誤った振込みについては,受取人において,これを振込依頼人等に返還しなければならず,誤った振込金額相当分を最終的に自己のものとすべき実質的な権利はないのであるから,上記の告知義務があることは当然というべきである。そうすると,誤った振込みがあることを知った受取人が,その情を秘して預金の払戻しを請求することは,詐欺罪の欺罔行為に当たり,また,誤った振込みの有無に関する錯誤は同罪の錯誤に当たるというべきであるから,錯誤に陥った銀行窓口係員から受取人が預金の払戻しを受けた場合には,詐欺罪が成立する。」
(3)「他人の物」
 以下に限界事例を示す。
① 共有物
【事例5】最決昭和43・5・23最高裁裁判集刑事167・319
<決定要旨>「(なお,他人との共有にかかる土地を,その依頼により,表面上単独所有者として第三者に売り渡した者が,その第三者から受領した代金は,特約ないし特殊の事情の認められないかぎり,その他人との共有に属するものと解すべきであるから,原判決が,被告人の所為を横領罪に当たるものとしたのは,正当である。)」
② 二重売買
【テキスト】152頁(最判昭和30・12・26刑集9・14・3053)
③ 二重売買と詐欺の成否-横領にならないケース
【事例6】東京高判昭和48・11・20高刑集26・5・548
<判旨>「不動産の所有者が第1の買主との間に不動産の売買契約を締結し,権利証その他の登記申請に必要な書類を交付している場合において,右買主の登記未了を奇貨として,これを他に売却し,第2の買主に所有権移転登記を経由させたときは,対抗力の取得を目的とする不動産取引の通例にかんがみ,第1の売買を告知しなかったことは第2の買主の買受行為との間に詐欺罪の予定する因果関係を欠くのを通常とするのであるが,本件のように第2の買主において売買代金を交付し,不動産につき所有権移転請求権保全の仮登記を取得したが,いまだ所有権移転の本登記を取得しないうちに売買契約を解除するに至ったときは,右売買の経緯に照らし,第1の売買の存在およびその内容等が第2の買主の所有権移転登記の取得を断念させるに足りるもので,第2の買主が,もし事前にその事実を知つたならば敢えて売買契約を結び,代金を交付することはなかったであろうと認めうる特段の事情がある限り,売主が第1の売買の存在を告知しなかったことは詐欺罪の内容たる欺罔行為として,第2の買主から交付させた代金につき詐欺罪の成立があるものと解するのが相当である。」
【テキスト】166頁(最判昭和31・6・26刑集10・6・874)
④ 所有権留保
【事例9】最決昭和55・7・15最高裁裁判集刑事218・243
<決定要旨>「なお,自動車販売会社から所有権留保の特約付割賦売買契約に基づいて引渡を受けた三台の貨物自動車を,右会社に無断で,金融業者に対し自己の借入金の担保として提供した被告人の本件各所為が,横領罪に該当するとした原判断は相当である。」
⑤ 寄託された金銭
【テキスト】157頁(最判昭和26・5・25刑集5・6・1186)
【事例9】最決昭和28・4・16刑集7・5・915
<判旨>「そして,他人から物品の売却方を依頼されたときは,特約ないし特殊の事情がない限り,委託品の所有権はその売却に至るまで委託者に存し,また,その売却代金は委託者に帰属するものであるから,擅に着服又は費消するときは横領罪を構成すること論を待たない。されば,原判決には結局所論の違法を認めることはできない。」