第4回目

刑法ⅡB 補助プリント(No. 4)-不法領得の意思

1. リーディング・ケース
 不法領得の意思に関するリーディング・ケースは下記【事例1】である。この事例では,校長を陥れるために教育勅語を隠匿した事例につき,不法領得の意思を欠き,窃盗罪にはならないとした。下記の判旨では,やや不明確であるが(下線部分),その後の判決では(下記【事例2】以下参照),不法領得の意思は,故意とは別個の主観的構成要件要素として位置づけられている。
【事例1】大判大正4・5・21刑録21・663
<事実>被告人は新潟県の尋常高等小学校の教員であったが,校長の処置について不満を抱き,校長を失脚させようとして,ひそかに校長の管理する教育勅語謄本など3点を持ち出し,自らが担当する受持教室の天井裏に隱匿した。
<判旨>「窃盗罪は不法に領得する意思を以て他人の事実上の支配を侵し他人の所有物を自己の支配内に移す行爲なれば,本罪の成立に必要なる故意ありとするには法定の犯罪構成要件たる事実に付き認識あるを以て足れりとせず,不法に物を自己に領得する意思あることを要す。而して所謂領得の意思とは權利者を排除して他人の物を自己の所有物として其経済的用方に従い之を利用若くは処分するの意思に外ならざれば,ただ物を毀壊又は隱匿する意思を以て他人の支配内に存する物を奪取する行爲は領得の意思に出でざるを以て,窃盗罪を構成せざるや疑を容れず,……(教育勅語等を)教室の天井裏に隠匿し……学校所蔵の物を己の支配内に移したる事実なりとするも固より其物を自己に領得するの意思に出てたるものに非されば窃盗罪を以て論すべきに非ず」。

2.学説
 不法領得の意思に関して,学説は,故意とは別の主観的構成要件要素として必要だとする判例と同じ論理が圧倒的な通説である。ただし,少数説だが,領得罪の主観的要素としては故意で足りるとする不要説もある(たとえば大塚・曽根・平川・川端・佐久間など)。
通説的な必要説でも,その内容として(【事例1】の二重下線部),①権利者を排除して本権者のように振る舞う意思,②経済的用法に従いこれを利用し処分する意思の両者を必要とする立場と,①もしくは②のどちらか一方だけを要求する立場がある。判例と同様①②を要求する立場が通説である(たとえば平野・西原・中森・西田・山口など)。これに対して,①の本権者のように振る舞う意思のみを要求する立場(たとえば団藤・福田など),②の利用し処分する意思のみを要求する立場(たとえば伊東・前田など)もある。①だけを要求する立場は,主として本件説の立場からの主張であり,②だけを要求する立場は,主として所持説からの主張である。

3.不法領得の意思の体系的地位
 これは,不法領得の意思を主観的違法要素とみるか責任要素とみるかの問題である。きわめて重要な問題であるが,刑法Ⅰに関わる問題であり,ここでは省略する。

4.判例
すでにみたとおり,不法領得の意思は,物を不法に領得する意思であり,領得罪と毀棄罪を分けるポイントになる【事例2】。だから,占有者にただ損害を与えるつもりで財物を窃取したような場合,領得罪としての窃盗罪は成立しない。報復目的で財物を持ち出した【事例3】などはその典型である。なお,一時使用の場合にも,不法領得の意思を欠く場合があり,その場合は不可罰となりうる【事例4-7】。テキスト71~76頁を参照。
【事例2】最判昭和26・7・13刑集5・8・1437
<事実>窃盗犯らが漁船から注油器やコンパスを窃取した後,逃走するため,被害者を海中に突き落とし,モーター付き肥料船を漕ぎ出して,対岸に乗り捨てるために,該船を奪った事例。
<判旨>「……そもそも,刑法上窃盗罪の成立に必要な不正領得の意思とは,権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思をいうのであって,永久的にその物の経済的利益を保持する意思であることを必要としないのであるから,被告人等が対岸に該船を乗り捨てる意思で前記肥料船に対するSの所持を奪った以上,一時的にも該船の権利者を排除し終局的に自ら該船に対する完全な支配を取得して所有者と同様の実を挙げる意思即ち右にいわゆる不正領得の意思がなかったという訳にはゆかない。……」
【事例3】仙台高判昭46・6・21高刑集24・2・418
<判旨>「……原判決は,弁護人の主張に対する判断の項において,被告人に不法領得の意思があったことの理由として,概ね右の事実とその回収を不能ならしめたこととを認定し,被告人には他人の財物につき自ら所有者として振舞う意思があったことを説示している。しかし,窃盗罪の構成要件としての不法領得の意思とは,権利者を排除し,他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用しまたは処分する意思をいうものであることは累次の判例の示すところである(最判昭26年7月13日刑集5巻8号1437頁)。そして,ここに『経済的用法に従って利用しまたは処分する意思』とは,物の所有者であれば一般にするような,または,物の所有者にして初めてなしうるような,その物の本来の用途にかなった方法に従い,あるいはなんらかの形において経済的に利用もしくは処分する意思を意味し,単純な毀滅または隠匿する意思にとどまる場合を排除する趣旨と解するのが相当である。これを本件についてみれば,被告人は前期のように仕返しのため海中に投棄する目的で、本件ロンバート・チェーンソーを持ち出したにすぎないのであるから,不法領得の意思を欠くものというべきである。」
【事例4】広島地判昭50・6・24刑月7・6・692
<判旨>「……被告人は刑務所で服役することを企図し,当初から窃盗犯人として自首するつもりで右所為に及んだのであり,そのため直ちに100メートル以内の近接した派出所に被害品を携えて出頭しこれを証拠品として任意提出したのであるから,経済的用法に従った利用又は処分の意思は全く認めることができないし,自己を窃盗犯人とするためまさしく他人の所有物としてふるまったのであって,自己の所有物と同様にふるまう意思があったとはいえないことは明白である。……被告人の前示所為につき不法領得の意思を認め難く,他に以上の認定を左右しうる証拠はない。」
【事例5】京都地判昭51・12・17判時847・112
<判旨>「被告人は就寝中の一人住まいの女性を姦淫しようと思い立ち,……K方へ行き,同家のガレージ内にあった無施錠の2台の自転車のうち1台を無断で持ち出し,そこから約2キロメートル離れた判示第9記載の犯行現場に直行し……たことが認められ,右諸事実に照らすと,被告人はK方から自転車を無断で持ち出す際には,右自転車を使用し後に元の場所に返還しようと考えていたのであって,これを乗り捨てる意思はなく,……その間の自転車の消耗も考慮に値しないほど軽微であることなどからみて,被告人の右自転車の無断持ち出しが検察官主張の如く住居侵入,姦淫という違法目的であったとしても,これをもって被告人が右自転車の所有者を排除するまでの意思を有していたとみることはできず,むしろ,単に一時的に使用するために右自転車を自己の占有に移したとみるのが相当であるから,被告人には不法領得の意思を認めることはできない。」
【事例6】最決昭43・9・17判時534・85
<事実>無免許の被告人が,広島市内で,他人の普通自動車を無断で使用したが,元の場所に戻すつもりであったから,使用窃盗で無罪を主張したケース。
<判旨>「被告人らは所論各自動車を,窃盗品の運搬に使用したり,あるいは,その目的をもって,相当長時間にわたって乗り回しているのであるから,たとえ無断使用した後に,これを元の位置に戻しておいたにしても,被告人らに不正領得の意思を肯認できるとした原判断は相当である。」
【事例7】東京地判昭59・6・15判タ533・255
<判旨>「本件各資料の経済的価値がその具現化された情報の有用性,価値性に依存するものである以上,資料の内容をコピーしその情報を獲得しようとする意思は,権利者を排除し右資料を自己の物と同様にその経済的用法に従って利用する意思にほかならないというべきあるから,判示犯行の動機及び態様に照らし,被告人には不法領得の意思が存在したと認めるのが相当である。」