2018 第12回目
刑法ⅡA 補助プリント(No.12)国家法益への犯罪②
1 職権濫用の罪
(1)公務員職権濫用罪
刑法193条 公務員がその職権を濫用して、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害したときは、2年以下の懲役又は禁錮に処する。
本罪の保護法益は、職務の適正執行と個人の利益である。本罪は、「人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害したとき」に成立するので、強要罪と同じである。しかも、その法定刑は強要罪より軽いので、強要罪のような脅迫や暴行のような程度に至らない事実上の不利益を受任させたときに成立すると考えるべきである。もっとも、職権濫用罪を強要罪の減軽類型と考えることはできないが(山口)、職務の適正執行を侵害し、なおかつ個人に事実上の不利益を受任させたときに成立するものであり、結果的には、強要罪よりも広い範囲で実行行為を認めることができる【事例1】。
なお、職権とは、【事例1】がいうとおり、「公務員の一般的職務権限のすべてをいうのではなく、そのうち、職権行使の相手方に対し法律上、事実上の負担ないし不利益を生ぜしめるに足りる特別の職務権限」のことである。次に「濫用」とは、「公務員が、その一般的職務権限に属する事項につき、職権の行使に仮託して実質的、具体的に違法、不当な行為をすること」をいう【事例2】。
本罪は「義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害したときは」と規定されているので、本罪が既遂となるためには、現に人に「義務のないことを行わせ、または権利の行使を妨害した」という結果の発生を必要とする。
【事例1】最決平成1・3・14刑集43・3・283
<決定要旨>「原決定及びその是認する原原決定の認定によれば、警察官である被疑者H及びKは、職務として、日本共産党に関する警備情報を得るため、他の警察官とも意思を通じたうえ、同党中央委員会国際部長である請求人方の電話を盗聴したものであるが、その行為が電気通信事業法に触れる違法なものであることなどから、電話回線への工作、盗聴場所の確保をはじめ盗聴行為全般を通じ、終始何人に対しても警察官による行為でないことを装う行動をとつていたというのである。
ところで、右の行為について、原原決定は、「相手方において、職権の行使であることを認識できうる外観を備えたもの」でないことを理由に、原決定は、「行為の相手方の意思に働きかけ、これに影響を与える職権行使の性質を備えるもの」でないことを理由に、職権を濫用した行為とはいえないとして公務員職権濫用罪に当たらないと判断した。これに対し、所論は、公務員の不法な行為が職務として行われ、その結果個人の権利、自由が侵害されたときには当然同罪が成立し、本件盗聴行為についても同罪が成立すると主張する。
しかし、刑法193条の公務員職権濫用罪における「職権」とは、公務員の一般的職務権限のすべてをいうのではなく、そのうち、職権行使の相手方に対し法律上、事実上の負担ないし不利益を生ぜしめるに足りる特別の職務権限をいい、同罪が成立するには、公務員の不法な行為が右の性質をもつ職務権限を濫用して行われたことを要するものというべきである。すなわち、公務員の不法な行為が職務としてなされたとしても、職権を濫用して行われていないときは同罪が成立する余地はなく、その反面、公務員の不法な行為が職務とかかわりなくなされたとしても、職権を濫用して行われたときには同罪が成立することがあるのである。
これを本件についてみると、被疑者らは盗聴行為の全般を通じて終始何人に対しても警察官による行為でないことを装う行動をとつていたというのであるから、そこに、警察官に認められている職権の濫用があつたとみることはできない。したがつて、本件行為が公務員職権濫用罪に当たらないとした原判断は、正当である。
なお、原原決定及び原決定が職権に関して判示するところは、それらが公務員職権濫用罪が成立するための不可欠の要件を判示した趣旨であるとすれば、同罪が成立しうる場合の一部について、その成立を否定する結果を招きかねないが、これを職権濫用行為にみられる通常の特徴を判示した趣旨と解する限り、是認することができる。」
【事例2】最決昭和57・1・28刑集36・1・1
<決定要旨>「刑法193条にいう「職権の濫用」とは、公務員が、その一般的職務権限に属する事項につき、職権の行使に仮託して実質的、具体的に違法、不当な行為をすることを指称するが、右一般的職務権限は、必ずしも法律上の強制力を伴うものであることを要せず、それが濫用された場合、職権行使の相手方をして事実上義務なきことを行わせ又は行うべき権利を妨害するに足りる権限であれば、これに含まれるものと解すべきである。」
(2)特別公務員職権濫用罪
刑法194条 裁判、検察若しくは警察の職務を行う者又はこれらの職務を補助する者がその職権を濫用して、人を逮捕し、又は監禁したときは、6月以上10年以下の懲役又は禁錮に処する。
本罪は、裁判、検察若しくは警察の職務を行う者又はこれらの職務を補助する者を主体とする身分犯であり、逮捕・監禁罪の加重類型である。「職務を補助する者」には、職務上の補助者であることが必要であり、単なる事実上の補助者を含まない【事例3】。
【事例3】最決平成6・3・29刑集48・3・1
<決定要旨>「刑法195条1項は、「裁判、検察、警察ノ職務ヲ行ヒ又ハ之ヲ補助スル者其職務ヲ行フニ当リ」と規定しているところ、同条項は、これらの国家作用の適正を保持するため,一定の身分を有する者についてのみその職務を行うに当たってした暴行、陵虐の行為を特別に処罰することとしたものであり、このような特別の処罰類型を定めた刑法の趣旨及び文理に照らせば、同条項にいう警察の職務を補助する者は、警察の職務を補助する職務権限を有する者でなければならないと解するのが相当である。」
(3)特別公務員暴行陵虐罪
刑法195条① 裁判、検察若しくは警察の職務を行う者又はこれらの職務を補助する者が、その職務を行うに当たり、被告人、被疑者その他の者に対して暴行又は陵辱若しくは加虐の行為をしたときは、7年以下の懲役又は禁錮に処する。
② 法令により拘禁された者を看守し又は護送する者がその拘禁きれた者に対して暴行又は陵辱若しくは加虐の行為をしたときも、前項と同様とする。
暴行・陵虐行為は公務員の一般的職務権限に属すものではないので、本罪は職権濫用罪ではない(山口)。陵虐とは、陵辱し加虐する行為であり、本罪の実行行為は、暴行、陵辱・加虐である。陵虐行為には、わいせつ行為が多いが、わいせつ罪・強姦罪と本罪は観念的競合になる【事例4】。
【事例4】大阪地判平成5・3・25判タ831・246
〈判旨〉「被告人両名は、平成4年12月7日午前3時ころ、大阪府東大阪市XX付近路上において、自転車で走行中の前記Aに停止を求め、同女を前記警ら用無線自動車後部座席に乗車させるなどして職務質問等を実施したところ、同女がシンナー入りジュース缶を所持しているのを発見したことから、所持品検査に名を借りて、同女に強いてわいせつの行為をして陵虐しようと意思を相通じ、被告人甲が同車両を運転し、被告人乙が同車の後部座席に座っている同女の左側に乗車して同所から同車両を発進させ、同車両内において、被告人甲が同女に対し「警察行くか。すぐそこやで。」などと申し向けながら、同市XXにある南松本駐車場まで走行して同所に連れ込み、同日午前3時10分ころから同30分ころまでの間、同所に駐車した同車両内及びその付近において、同女に対し、こもごも「調べるから服を脱いでくれ。」「ブラジャーのホックをはずせ。」などと申し向け、同女をしてその意に反してコート及びシャツを脱がせ、被告人甲が同女のブラジャーを取り外すなどしながらその乳房を右手更には左手で揉み、あるいは舐め、更に同女に接吻するなどし、被告人乙が同女の乳房を左手で揉むなどの暴行を加えてこもごも同女をもてあそび、もって同女に対し、強いてわいせつの行為をするとともに、陵虐の行為をしたものである。
(法令の適用)
罰条 被告人両名につき刑法六〇条、一七六条前段(強制わいせつの点)、一九五条一項(特別公務員暴行 陵虐の点)
観念的競合の処理 被告人両名につき刑法五四条一項前段、一〇条(それぞれ重い強制わいせつ罪の刑による。)(なお、被告人甲の弁護人は、本件において、強制わいせつ罪は特別公務員暴行陵虐罪に包摂されると主張するが、判示のとおり両罪は観念的競合の関係に立つと解すべきである。弁護人援用の各判例は、本件に適切でない。)」
(4)特別公務員職権濫用等致死傷罪
第196条 前二条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。
公務員の職権乱用・暴行陵虐に拠って、死傷の結果が生じた場合【事例5】。
【事例5】最決平成11・2・17刑集53・2・64
<事実>警察官がナイフをもつ公務執行妨害の犯人を逮捕する際、自己を防御するために2回拳銃を発砲したが、付近住民に危害を加えるなど他の犯罪行為に出ることをうかがわせるような客観的状況ではなく、被告人としては、逮捕行為を一時中断し、相勤の警察官の到来を待ってその協力を得て逮捕行為に出るなど他の手段を採ることも十分可能であった。
<決定要旨>被告人の各発砲行為は、いずれも、警察官職務執行法七条に定める「必要であると認める相当な理由のある場合」に当たらず、かつ、「その事態に応じ合理的に必要と判断される限度」を逸脱したものというべきであって、本件各発砲を違法と認め、被告人に特別公務員暴行陵虐致死罪の成立を認めた原判断は、正当である。