2018 第11回目
刑法ⅡA 補助プリント(No.11)国家法益への犯罪①
公務執行妨害罪
刑法95条① 公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、3年以下の懲役又は禁錮に処す。
(1)公務と公務員
公務執行妨害罪の保護法益は、公務であって、公務員ではない【事例1】。公務員は「国又は地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する議員、委員その他の職員」(刑法7条)をいう。なお公務員に関しては「みなし公務員」の規定があることに注意すべきである。
【事例1】最判昭和28・10・2刑集7・10・1883
〈判旨〉「……しかし刑法95条の規定は公務員を特別に保護する趣旨の規定ではなく公務員によって執行される公務そのものを保護するものであるから、……違憲の主張はその前提を欠き採るを得ない。」
(2)職務の執行
公務執行妨害罪における「職務」につき、判例は、公務員が取り扱う事務のすべてとする【事例2】。そして、公務執行妨害罪は、公務員が職務を「執行するに当たり」、これに暴行・脅迫を加えることが必要だから、休憩中の場合などは、公務の執行中といえないが【事例3】、他方、限界的なケースが問題になることも少なくない。いわゆる「東灘駅事件」では公務の執行中ではないとしたが【事例4】、「長田電報局事件」では公務の執行中であるとしたが【事例2】、いずれも微妙なケースであった。
【事例2】最判昭和53年6月29日刑集32巻4号816頁
〈判旨〉「刑法95条1項にいう「職務ヲ執行スルニ当リ」とは、具体的・個別的に特定された職務の執行を開始してからこれを終了するまでの時間的範囲及びまさに当該職務の執行を開始しようとしている場合のように当該職務の執行と時間的に接着しこれと切り離しえない一体的関係にあるとみることができる範囲内の職務行為をいうものと解すべきであるが、……、電報局次長は、局長を助け、局務を整理するものとされており、本件電報局次長は、局長を補佐して局務全般を整理し、局長の命を受けて部下職員を指揮監督する職務権限を有するものであつて、本件局長及び次長の職務は、局務全般にわたる統轄的なもので、その性質上一体性ないし継続性を有するものと認められ、本件公訴事実記載の局長及び次長の職務も右の統轄的な職務の一部にすぎないものというべきである。したがつて、このような局長及び次長の職務の性質からすれば、局長及び次長が被告人から原判示暴行を受けた際、公訴事実記載の職務の執行が中断ないし停止されているかのような外観を呈していたとしても、局長及び次長は、なお一体性ないし継続性を有する前記の統轄的職務の執行中であつたとみるのが相当である。」
【事例3】大阪高判昭和53・12・7高刑集31・3・313
〈判旨〉「ところで、刑法95条1項にいう「職務ヲ執行スルニ当リ」とは、公務員の勤務中の行為がすべて右職務執行に該当するものと解すべきでなく、具体的・個別的に特定された職務の執行を開始してからこれを終了するまでの時間的範囲及びまさに当該職務の執行を開始しようとしている場合のように当該職務の執行と時間的に接着しこれを切り離しえない一体的関係にあるとみることができる範囲内の職務行為をいうと解すべきであり(最高裁昭和45年12月22日第3小法廷判決・刑集24巻13号1812頁参照)、ただ同項にいう職務には、ひろく公務員が取り扱う各種各様の事務のすべてが含まれるものであるから、職務の性質によっては、その内容、職務執行の過程を個別的に分断して部分的にそれぞれの開始、終了を論ずることが不自然かつ不可能であって、ある程度継続した一連の職務として把握することが相当と考えられるものがある(最高裁昭和53年6月29日【事例3】参照)。
これを本件についてみるに、……右警察官らが本来の執務場所から離れ、当直室において2時間ないし6時間の長時間仮眠等して休憩を自由にしうる状況において、前記のように現実に、仮眠等して休憩し、あるいは休憩をとるため当直室へ行く途中である場合には、所論の警察における交代制当直勤務の特殊性を考慮に入れてみても、最早客観的に観察して職務に従事しているとみるのは不自然であり既に職務を中断する意思をもつてその間その職務の執行から離脱したものとみるのが相当である。」
【事例4】最判昭和45・12・22刑集24・13・1812
〈判旨〉「……本件をみるに、原判決は、A助役に課せられた職務は、「点呼」および「事務引継ぎ」であり、刑法95条1項により保護されるべきは、「点呼」の執行であり「事務引継ぎ」の執行であるとし、その「事務引継ぎ」の行なわれる場所に赴くこと自体は、「事務引継ぎ」の予備的段階であって、「事務引継ぎ」そのものではないと(するが)、右の認定・判断は、前叙の当審の見解に照らし、首肯し得ないものではない。」
(3)職務の適法性
公務執行妨害罪の保護法益は「公務」であるから、それは適法なものでなければならない。違法な職務は保護に値しないからである。そこで、職務の適法性を判断する基準として、一般に、問題となった職務が当該公務員の①抽象的職務権限の範囲内にあること、②その職務執行の前提事実が具体的に存在していること、③その職務執行の重要な方式を履践していること、の3要件が要求される。①と②については、ほとんど問題はない。③の「重要な方式」が問題になる【事例5】。
【事例5】最判昭和27・3・28刑集6・3・546
〈判旨〉「収税官吏たる判示大藏事務官は判示の如き行政上の目的を以って、納税義務者たる被告人に面接の上、その身分及び目的を告げ、身分証明書を示して判示退職者調書の検査をしようとしてその提出を求めたが、被告人が之に応じなかったというのであるが、その際被告人は右大藏事務官に対して、検査章の呈示を求めたとか、あるいは同事務官が検査章を携帯していなかったことを事由として前記調書の提出要求に応じなかつたというような事実は、原審において何ら主張されていないのであつて、従って原判決も亦かかる事実を認定していないばかりでなく、(記録を精査しても、かかる事実を認めるに足る資料はない)、右大藏事務官がなおも被告人に対し、再三同調書の提出方を求めたところ、被告人が判示の如き言動に出て同事務官を脅迫したというのであるから,右大藏事務官の判示所為は所論の如くその職務権限を逸脱した場合であるということはできないのであって、従って判示被告人の行為は公務執行妨害罪を構成するものといわなければならない。」
(4)適法性の判断基準
適法基準については、学説・判例ともに、行為時の状況を前提にして、裁判所が客観的に判断すべきだとする「客観説」の妥当性が説かれる。事後判断を主張する立場は圧倒的な少数説にとどまる。なお、公務員の職務執行を違法であると誤信した場合については、事実の錯誤であり故意を阻却する。最近は、適法性を基礎づける事実と適法性の評価を区別し、前者の場合を事実の錯誤とする説が多くなっている。
(5)暴行・脅迫
公務執行妨害罪における「暴行・脅迫」は、現実に公務を妨害したものでなくてもよく【事例9】、かなり広く認定されている。特に、暴行は間接暴行で足り、物に対して加えられた物理力の行使にまで、容易に公務執行妨害罪を認めているのは問題がある【事例6】。
【事例11】最決昭和34・8・27刑集13・10・2769
<決定要旨>「原審の確定した事実によれば、被告人は、司法巡査が覚せい剤取締法違反の現行犯人を逮捕する場合、逮捕の現場で証拠物として適法に差押えたうえ、整理のため同所に置いた覚せい剤注射液入りアンプル30本を足で踏付け内21本を損壊してその公務の執行を妨害したというのであるから、右被告人の所為は右司法巡査の職務の執行中その執行を妨害するに足る暴行を加えたものであり、そしてその暴行は間接に同司法巡査に対するものというべきである。さればかかる被告人の暴行を刑法95条1項の公務執行妨害罪に問擬した原判決は正当でありこれを攻撃する論旨は理由がない。」