2018 第10回目

刑法ⅡA 補助プリント(No.10)文書偽造罪②

3 公文書偽造罪
 刑法155条① 行使の目的で、公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を偽造して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造した者は、1年以上10年以下の懲役に処する。
  ② 公務所又は公務員が押印し又は署名した文書又は図画を変造した者も、前項と同様とする。
  ③ 前2項に規定するもののほか、公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し、又は公務所若しくは公務員が作成した文書若しくは図画を変造した者は、3年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
(1) 客体
 公文書偽造・変造罪の客体は、公務所又は公務員の作成すべき文書または図画である。法文上の限定はないが、公文書も、私文書と同様、「権利、義務又は事実証明に関する文書」に限定すべきである(山口)。ただし、職務に関して作成されたものでなければ、公文書とは言えない。【事例1】は私文書とした。これに対して、作成権限のない公務員を名義人とした文書であっても、権限内で作成されたと誤信されうる外観があるときには、公文書偽造罪は成立する【事例2】。図画とは、意思・観念が象形的に表示されたものである。土地台帳付属の地図などが図画にあたる。
【事例1】最決昭和33・9・16刑集12・13・3031
<決定要旨>「なお、日本共産党佐賀県委員会の機関誌である本件「新佐賀」第7号に掲載せられた「祝発展、佐賀県労働基準局長N」なる広告文は、同人において右新佐賀紙の発展に祝意を表明するとの趣旨を広告欄に記載した同人名義の文書であり、そして、右のように、公務員の地位にある者がある特定政党の機関紙である新聞紙の発展を祝賀しているというような事実は、社会生活に交渉を有する事項に属すると認めるのが相当であり、従ってかかる事項を証明するに足る文書である以上は、たとえそれが所論のように、権利義務に関する事項に関しないものであつても、刑法159条1項にいわゆる事実証明に関する文書に当たると解するを相当とする。」
【事例2】最判昭和28・2・20刑集7・2・426
〈判旨〉「偽造文書が一般人をして公務所または公務員の職務権限内において作成せられたものと信ぜしめるに足る形式外観を具えている以上は、その作成名義者たる公務所または公務員にその権限がない場合においても、刑法155条の偽造公文書というを妨げないものであることは、屡次の大審院判例の示すところであって、当裁判所においても右の見解を変更するの要を認めない。」
(2) 有印公文書偽造罪
 本罪が成立するためには偽造文書上に公務所又は公務員の印影が表示されていなければならない。一般人が公務所・公務員の印章と誤認させうる印影であれば足りる【事例3】。「公印省略」という印は印章の表示にあたらない(東京高判昭和53年12月12日刑月10巻11・12号1415頁)。署名には記名を含むというのが判例の立場であるが、学説には「自署」に限るとする立場もある(大谷、曽根)。
【事例3】最決昭和31・7・5刑集10・7・1025
〈事実〉第1審認定事実によれば、被告人は「抵当権設定の登記が各登記済なる旨の記載をなし、以上各登記済の記載の下の処にそれぞれ、予め情を知らない印判屋に作成させていた「大阪法務社岸和田支局」なる印を「社」という文字の処を殊更に不鮮明に押捺し、以て大阪法務局岸和田支局の作成すべき登記証書1通を偽造した上、同年同月15日頃これを真正なもののように装い前記高森産業株式会社において高森兼三郎に提出して行使し、よって同人をして一層前記被告人の言は真実であり、かつ確実な担保を得たものと誤信させ、……」というものであった。
<決定要旨>「(そして、第1審判決判示のごとき形式、外観を有する文書は、公文書と解するを相当とし、この点に関する原判示は正当である。)」
(3) 有印公文書変造罪
 変造罪と偽造罪の分岐点は公文書の本質的部分に変更を加えたか否かである。非本質的部分への権限なき変更が変造罪になり、本質的な部分への変更は偽造罪になる【事例4】。
【事例4】最決昭和35・1・12刑集14・1・9
<決定要旨>「なお弁護人の所論は、所論摘示の事実は、運転免許証の写真を貼り代え、その生年月日欄を改めただけであって、その作成名義を変更したものではないから、公文書変造罪を構成することはあつても公文書偽造罪を構成するものではないと主張するが,特定人に交付された自動車運転免許証に貼付しある写真及びその人の生年月日の記載は、当該免許証の内容にして重要事項に属するのであるから、右写真をほしいままに剥ぎとり、その特定人と異なる他人の写真を貼り代え、生年月日欄の数字を改ざんし、全く別個の新たな免許証としたるときは、公文書偽造罪が成立すると解すべきである。」
(4) 虚偽公文書作成罪
 刑法156条 公務員が、その職務に関し、行使の目的で、虚偽の文書若しくは図画を作成し、又は文書若しくは図画を変造したときは、印章又は署名の有無により区別して、前2条の例による。
 本罪は、公文書の名義人など作成権限のある公務員による「無形偽造」「無形変造」を処罰する。本罪については、作成権限を有しない者(公務員・私人を問わず)による、作成権限者を利用する間接正犯が可能か否かが争われている。判例は、この場合には刑法157条(公正証書原本不実記載)の成立のみを認めていたが【事例5】、後に、虚偽公文書作成罪(間接正犯)の成立を認めている【事例6】。この最高裁の2判例を比較し、公文書の起案を担当する公務員については間接正犯の成立を肯定すべきであり、それ以外の者については間接正犯を否定する趣旨だとすれば、多くの学説の立場とも一致する(団藤、平野、大谷、曽根など)。
【事例5】最判昭和27・12・25刑集6・12・1387
〈判旨〉「刑法157条2項には、公務員に対し虚偽の申立を為し免状、鑑札又は旅券に不実の記載を為さしめたる者とあるに過ぎないけれども、免状、鑑札、旅券のような資格証明書は、当該名義人においてこれが下付を受けて所持しなければ効用のないものであるから、同条に規定する犯罪の構成要件は、公務員に対し虚偽の申立を為し免状等に不実の記載をさせるだけで充足すると同時にその性質上不実記載された免状等の下付を受ける事実をも当然に包含するものと解するを正当とする。
しかも、同条項の刑罰が1年以下の懲役又は300円以下の罰金に過ぎない点をも参酌すると免状、鑑札、旅券の下付を受ける行為のごときものは、刑法246条の詐欺罪に間擬すべきではなく、右刑法157条2項だけを適用すべきものと解するを相当とする。」
【事例6】最判昭和32・10・4刑集11・10・2464
〈判旨〉「刑法156条の虚偽公文書作成罪は、公文書の作成権限者たる公務員を主体とする身分犯ではあるが、作成権限者たる公務員の職務を補佐して公文書の起案を担当する職員が、その地位を利用し行使の目的をもつてその職務上起案を担当する文書につき内容虚偽のものを起案し、これを情を知らない右上司に提出し上司をして右起案文書の内容を真実なものと誤信して署名若しくは記名、捺印せしめ、もつて内容虚偽の公文書を作らせた場合の如きも、なお、虚偽公文書作成罪の間接正犯の成立あるものと解すべきである。」
(5) 公正証書原本不実記載罪
 刑法157条① 公務員に対し虚偽の申立てをして、登記簿、戸籍簿その他の権利若しくは義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ、又は権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記載をさせた者は、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
② 公務員に対し虚偽の申立てをして、免状、鑑札又は旅券に不実の記載をさせた者は、1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処す。
 本罪は、私人の虚偽の申立てが前提になるので、いわば「間接的無形偽造」を処罰するものである。本罪の客体は公正証書の原本であり、謄本は含まない。公正証書の原本とは、公務員によって職務上作成された、権利・義務に関する事実を証明する文書である。土地台帳や住民票がこれに当たる。実行行為は、公務員に虚偽の申立てをして、公正証書の原本に不実の記載をさせることであり、実質的所有者とは別人の名義で自動車登録ファイルに新規登録した場合などがこれに当たる。
5 私文書偽造罪
 刑法159条① 行使の目的で、他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造した者は、3月以上5年以下の懲役に処する。
  ② 他人が押印し又は署名した権利、義務又は事実証明に関する文書又は図画を変造した者も、前項と同様とする。
③ 前2項に規定するもののほか、権利、義務、又は事実証明に関する文書又は図画を偽造し、又は変造した者は、1年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。
 「権利・義務に関する文書」とは、私法上・公法上の権利・義務の発生・変更・消滅の効果を意思表示する文書をいう。借用証書や無記名定期預金証書などがそうである。「事実証明に関する文書」とは、社会生活上の重要な利害に関係する事実を証明する文書のことであるが、判例は、事実証明をほぼ無限定に捉えている。求職のための履歴書などは理解できるが、広告文や私立の明治大学の入試答案などは不可解である。