2018 第8回目

刑法ⅡA 補助プリント(No.8)放火罪②


109条① 放火して,現に人が住居に使用せず,かつ,現に人がいない建造物,艦船又は鉱坑を焼損した者は,2年以上の有期懲役に処す。
   ② 前項の物が自己の所有に係るときは,6月以上7年以下の懲役に処する。ただし,公共の危険を生じなかったときは,罰しない。
   110条① 放火して,前2条に規定する物以外の物を焼損し,よって公共の危険を生じさせた者は,1年以上10年以下の懲役に処する。
   ② 前項の物が自己の所有に係るときは,1年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。

4.非現住建造物放火罪
 本条では,財産犯的要素があきらかであり(2項「自己の所有に係るとき」),客体の所有関係により犯罪成立要件が異なる。客体は,住居に使用されておらず,かつ,人の現在しない建造物,艦船,鉱坑であり,汽車,電車は含まれない。また,客体の「非現住」性から,建造物の限界性が問題になりうる。「性質上人の起居又は出入がまったく予定されていないもの(たとえば犬小屋,堆肥小屋等)は同条にいわゆる建造物には該当しない」(東京高判昭28・6・18東高刑時報4巻1号5頁)だろう。なお,本条でも,「人」は犯人以外の者であり,犯人が単独で居住していた住居に放火した場合,本条が成立する。居住者を殺害した後,放火の意思をもって放火し,家屋を焼損させた場合も,本条が問題になる。ただし,犯人以外の家族が家を出て,衣類,調度品の大半を運び出していても,その直後に火を放ったのであれば,刑法108条に該当するとした判例がある(東京高判昭54・12・13東高刑時報30巻12号192頁)。最決平成9・10・21刑集51・9・755【テキスト220頁】では,現住建造物か非現住建造物かが争われたが,このケースでは,あきらかに現住建造物である。
5.公共の危険とその認識
 非現住建造物放火罪や建造物等以外放火罪の場合,「公共の危険」が生じたか否かを判断しなければならないが,判例がこの判断をするとき,ほぼ例外なく,不特定多数の生命・身体・財産に対する侵害の可能性があると「思料セシムルニ足リル状態」の有無を基準とする。一般人が「危険だ」という感覚的印象をもったのかという判断である。【事例5】のように,「危険だ」という附近の住民の感覚を基準にすることも少なくない。学説上も,このような印象説的な理解が主流であり,自然的・物理的観点からの可能性はあまり問題にならない。しかし,【事例5】では,附近の住民の感覚にもふれているが,実質的には,延焼の客観的可能性の低さから「公共の危険」はなかったとしており,注目に値する。同様に,これも下級審であるが,犯行現場の状況,客体の消失状況,紙屑の飛散状況,気象状況などから110条1項の「公共の危険」を否定した判例もある(松江地判昭48・3・27判例タイムズ306・309)。ただし、最高裁の最近の判例では、公共の危険を拡大している【テキスト232頁】。
【事例5】広島高判岡山支部判昭30・11・15高刑特報2・22・1173
 <事実> 被告人は,人家から直線距離で300メートル以上離れた山腹に,丸太を組み合わせて縄で縛り,上部を藁と萱,裾を杉皮で囲った,間口3.75メートル,奥行8.30メートルの炭焼小屋を所有していたが,周辺の雑木はすべて切り払い,前夜来の小雨が降る中,延焼しないように監視しつつそこに火を放ち,焼損させた。原審は109条1項の成立を認め,被告人が控訴。
 <判旨> 破棄自判。高裁は,当該炭焼小屋が被告人の所有物であることを認定し,「……このような状態から見れば他に延焼する危険は毛頭なかったものと認め得ベく,ましてや附近の部落民の中にも延焼の危険を感じたという者も全く認めることは出来ない。……被告人の主観に於いても,はたまた客観的な状態に於いても延焼の危険を感ずるという何物もない遠く人家を離れた山腹の炭焼小屋を焼燬(焼損)したものであって見れば,公共の危険があったとは毫も見とめられない」。
6.公共の危険の認識と故意との関係
 次に,放火罪の故意がありうるために,各本条に規定された客体を焼損する認識・認容に加えて,「公共の危険」を認識する必要があるかが問題となる。判例は,大審院以来(大判昭10・6・6刑集14・631),具体的危険犯の場合であっても,それを不要とする。ところが,下級審であるが,【事例6】のように,109条2項や110条1項の場合(具体的危険犯),「公共の危険」発生の認識を必要とする判例もあらわれた。しかし,【テキスト235頁】で,最高裁は,あらためてそれを不要だとした。
 このような不要説の論拠については,たとえば,「公共の危険」の認識と「延焼」の認識とが実質的に同じであること(藤木『各論』92頁),また,「公共の危険」の認識がなければ,放火の意思がありながら,過失犯になること(香川達夫『刑法解釈学』334頁)などが挙げられる。しかし,延焼の危険(公共の危険)の認識と延焼そのものの認識とを区別することは可能であろう 。
【事例6】名古屋高判昭39・4・27高刑集17・3・262
 <判旨> 刑法「第109条2項本文第110条1項所定の自己の所有物を焼燬(焼損)する各罪の犯意があるとするためには,所論のように,公共の危険発生の認識をも必要とすると解するのが相当である。……自己の所有物を焼燬(焼損)する行為自体は……本来適法であり,公共の危険発生の事実をも構成要件としていると見るべく,そしてその各罪の犯意としては,構成要件たる事実全部の認識を必要とし,したがって公共の危険発生の事実の認識をも必要とする……」。
7.延焼罪
 刑法111条① 第109条第2項又は前条第2項の罪を犯し,よって第108条又は第109条1項に規定する物に延焼させたときは3月以上10年以下の懲役に処する。
   ② 前条第2項の罪を犯し,よって同条第1項に規定する物に延焼させたときは,3年以下の懲役に処する。
 延焼罪は,自己所有物件に対する放火罪を基本犯とする結果加重犯である。基本犯はいずれも具体的危険犯だから「公共の危険」が発生していることを要する。それが刑法108条,109条1項,110条1項の各本条で規定された客体に延焼したときに,延焼罪が成立する。したがって延焼結果について故意のある場合は含まれない。現住建造物への延焼の故意があれば,単純に,108条が成立する。つまり,延焼の危険性の認識(=「公共の危険」の認識)は必要であるが,あくまでもそのレヴェルに止まり,延焼の現実を認識した上で行為に出たのであれば,108条が成立することになる。なお,109条1項規定の客体から108条規定の客体に延焼したとき,110条1項規定の客体から108条,109条1項規定の客体に延焼したときについては,規定されていないことに注意すべきである。延焼罪が具体的に争われることは少ないが,【事例7】はその例である。
【事例7】東京高判昭55・12・19判例タイムズ447・152
 <事実> 被告人は,A商店のシャッターから約50センチメートル離れたところに自己所有の原動機付自転車を横倒しにし、流出したガソリンに点火し,原付自転車の機関部,サドルシート等を焼損し,A商店前に置かれていたアイスクリームケースの木製カバーが炭化し,シャッターの下部から上部にかけて塗装がはがれ,A商店軒先の日よけの1部を焼損させた。原審は延焼罪を認め,被告人が控訴。
<判旨> 控訴棄却。「……自己所有の原動機付自転車のガソリンタンク内から地面に流出させたガソリンに放火し,同車の機関部,サドルシートなどを炎上させて焼燬延焼させたことが明らかである」。
8.自己の物に関する特例
 刑法115条 第109条第1項及び第110条第1項に規定する物が自己の所有に係る物であっても,差押えを受け,物権を負担し,賃貸し,又は保険に付したものである場合において,これを焼損したときは,他人の物を焼損した者の例による。
 本条は,109条1項および110条1項の放火罪において,客体が自己の所有に係る場合であっても,同時に他人の財産権が関連しているのであれば,他人の利益を保護する必要から,109条2項および110条2項の罪ではなく,他人の所有に係る場合と同様に処罰することを規定する。本条は,不当に犯人の財産権の行使を制限するものではない。最高裁は,【事例8】において,そのことを明示した。
【事例8】最判昭33・3・27刑集12・4・666
 <判旨> 「刑法115条は,同条の物権が犯人の所有に属する場合であっても,若しそれが差押を受け,物権を負担し又は賃貸し若しくは保険に付せられた場合において,これを焼損することは,損害を他人に及ぼし又は及ぼすおそれのあるものであるから,そのような他人の利益の侵害となる行為を犯罪と認めてこれを処罰することとしたものであって,他人の財産権の行使を制限することを内容とした規定でないことは明瞭であり,……」。