2018 第7回目

刑法ⅡA 補助プリント(No.7)放火罪①


 刑法108条 放火して,現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物,汽車,電車,艦船又は鉱坑を焼損した者は,死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処す。
   
1.放火罪の罪質
 放火罪は公共危険罪の典型であるが,109条2項や110条2項の規定からあきらかなように財産犯(故人法益侵害の犯罪)としての側面もある1。また,法文が「危険」を要求するか否かという点では,108条や109条1項は「抽象的危険犯」であり,109条2項や110条1項は「具体的危険犯」である。ただし,抽象的危険犯といえども,危険犯である以上,法益に対する現実的な危険が必要である。たとえば108条の場合,判例は,現住建造物等の焼損があれば,現住建造物放火罪の成立を認めるが【事例1】【事例2】,このような危険を擬制する抽象的危険犯の捉え方は誤まっている。たとえ現住建造物に放火し焼損させたとしても,公共の危険がまったくなければ,火力による建造物損壊罪(刑法260条)にとどまる可能性もある。公共危険罪という犯罪の固有の意味を考えなければならない。
【事例1】最判昭23・11・2刑集2・12・1443
<事実> 被告人は,保険金を入手するため,間借りをしていた部屋の吊棚式押入の内側で,破れて垂れ下っていた壁紙にマッチで火をつけ,家屋の天井板約1尺四方を焼損させた。原審は放火罪を認め,被告人が上告。
フォームの終わり

<判旨> 上告棄却。「……右の事実自体によって,火勢は放火の媒介物を離れて家屋が独立燃焼する程度に達したことが認められるので,原判示の事実は放火既遂罪を構成する事実を充たした……」。
【事例2】最決平1・7・7判例タイムズ710・125
 <事実> 被告人は,鉄筋鉄骨つくり12階建てマンションのエレベーターのかごの中で,ガソリンを染み込ませた新聞紙に火を放ち,鋼板製エレベーターの塗装面を焼損させた。原審は現住建造物等放火罪を認定し,被告人が上告。
<決定要旨> 上告棄却。「なお,被告人は……エレベーターのかご内で火を放ち,その側壁として使用されている化粧鋼板の表面約0.3平方メートルを燃焼させたというのであるから,現住建造物等放火罪が成立するとした原審の判断は正当である」。
2.放火罪の基本概念-放火と焼損
 放火罪は,放火して,目的物を焼損させることである。「放火」とは,「火を放つ」ことであり,「客体の燃焼を惹起させること」である。作為と共に不作為でも可能である【事例3】。ガソリンなど引火性の強い物質を散布した時点で、点火前に未遂を認めた判例がある【事例4】。「焼損」については,周知のとおり,いくつかの考え方がある。判例(独立燃焼説)は,目的物が独立に燃焼を始めたことを必要とし,かつ,それで足りるとする【事例1】。しかし独立燃焼説は公共危険罪にもっともそぐわない考え方である。刑法108条の法定刑は「死刑又は無期若しくは5年以上の懲役」である。もし,この刑罰が危険の擬制の上に執行されるのであれば,独立燃焼説は,もはや法理論とも言えない。焼損につき,どう考えるにせよ,そこには,公共の危険に対する実質的な内容が必要である。したがって,①客体の重要な部分の効用喪失をもって焼損とする「効用喪失説」,②客体の重要な部分が「燃え上がった」ことをもって焼損とする「重要部分燃焼開始説」といった客観的実質的なアプローチが正しい。学説では,これ以外に,③損壊罪における損壊の程度に達したことをもって焼損とする「一部損壊説」もあるが,損壊罪の基準を公共危険罪に準用することは無理である。
【事例3】最判昭33・9・9刑集12・13・2882
<事実> 被告人は事務室で残業していたが,午後11時頃,宿直員と約6合の酒を飲み,宿直員の就寝後も,火鉢に多量の木炭をついで,股火鉢をしながら残業を続けていた。しかし,午前2時頃,気分が悪くなり,大量の炭火の始末をすることなく,別室で仮睡してしまった。午前3時45分頃,仮睡からさめて事務室に戻ったとき,炭火の過熱から火鉢のすぐそばのボール箱入り原符に引火し,机に延焼しているのを発見した。その時,自ら消火にあたり,あるいは3名の宿直員の協力を得れば,容易に消火できる状態であったにもかかわらず,自己の不注意による出火を目撃した驚きと,自己の失策の発覚をおそれて,とっさに自己のショルダーバックを肩にかけて,事務所を立ち去った。そのため,事務所のある建物が全焼し,隣接する住居・倉庫など7棟を全焼,1棟を半焼させた。1,2審とも放火罪を認めたが,不作為による放火罪が成立するためには,法律上の消火義務,消火可能性とならび「既発の火力または危険を利用する意思」が必要であるところ,被告人にはそのような意思はなかったとして上告した。
<判旨> 「被告人は自己の過失により右原符,木机等の物件が焼燬されつつあるのを現場において目撃しながら,その既発の火力により右建物が焼燬(焼損)せらるべきことを認容する意思をもってあえて被告人の義務である必要かつ容易な消火措置をとらない不作為により建物についての放火行為をなし,よってこれを焼燬したものである。」
【事例4】横浜地判昭和58年7月20日判時1108・138
<判旨>「被告人は、昭和58年4月10日午後11時半ころ、右のように本件家屋を燃やすとともに焼身自殺しようと決意し、自宅前の路上に駐車中の自己所有の自動車からガソリンを抜き取って青色ポリ容器に移し入れ、本件家屋の六畳及び四畳半の各和室の床並びに廊下などに右ガソリン約6.4リットルを撒布して右ガソリンの蒸気を発生せしめ、翌11日午前零時5分ころ、廊下でタバコを吸うためにつけたライターの火を右蒸気に引火爆発させ、もってA子が現に住居に使用する本件家屋に火を放ち、これを全焼させたものである。」
3.現住建造物放火罪
 本条の「人」とは,犯人以外の者を指し(最判昭32・6・21刑集11巻6号1700頁),「住居」とは,起臥寝食の場所として使用される建物である(最判昭24・6・28刑集3・7・1129)。「建造物」とは,土地に定着し,人の起居出入に適するものであり,取り外しの自由な雨戸,建具,畳などは建造物の一部ではない(最判昭25・12・14刑集4・12・2548)。建造物の1部が起臥寝食の場所として使用されていれば,その全体が現住建造物である。建物の構造が「別棟」になっているときも,その具体的な使用形態によっては,住居に使用する建造物になりうる(最判昭24・6・28前掲)。別棟の建造物が渡り廊下や回廊で結ばれている場合,その連結性や一体性が問題になる【テキスト223頁以下】。また,マンションなどの集合住宅として使用されている不燃性建造物において,非住居部分への放火が問題になりうる。基本的には,住居部分への延焼の危険がポイントになる。【事例2】はエレベーターのかご内に放火した場合であるが,延焼の危険という点でも,焼損の有無という点でも,疑問がある。なお,下級審には,マンションの構造をくわしく示し,住居部分への延焼の可能性はないと認定して,マンション1階の医院がマンション居住部分から独立した非現住建造物であると認定し,同医院への放火につき,非現住建造物放火罪を認めた判例がある【テキスト226頁以下】。 
1 放火罪は「静謐ナル公共的法益ノ侵害ヲ以テ主ト為シ個人ノ財産的法益ノ侵害ハ其ノ従タルモノ」(大判大11・12・13刑集1巻754頁)である。ただし,外国の立法例には,財産犯とするところもあり,わが国でも,「公共に対する抽象的危険を含んだ財産犯である」とする見解がある(西原『各論』247頁)。