2018 第5回目


刑法ⅡA 補助プリント(No. 5)住居侵入罪

 刑法130条 正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅,建造物若しくは艦船に侵入し,又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は,3年以下の懲役または10万円以下の罰金に処する。

(1)罪質-かつては社会法益侵害の犯罪とされていたが,現在では,個人法益侵害の犯罪とされている。ただし,個人法益だとしても,その具体的内容には争いがある。
(2)保護法益-基本的に,住居権だとする住居権説【事例1】と事実上の住居の平穏だとする平穏説【事例2】が対立している。ただ,【テキスト21頁】以下の最高裁判決は【事例1】に依拠するものであり,より新しい【事例3】も,住居権説に依拠する。しかし,本罪の保護法益を,住居に誰を立ち入らせるか,誰の滞留を許すかという「自由」そのものと解し,平穏侵害の要素を無視するのであれば,問題があるだろう。【事例4】は【事例3】の1審判決。
(3)なお,本条後段の不退去罪は,典型的な真正不作為犯である。
(4)裁判所は表現の自由との関係をやや軽視しすぎているように思われる。下記の判例以外に,立川反戦ビラ配布事件がある。
【事例1】最判昭58・4・8刑集37・3・215(テキスト26頁以下=事実関係の補足)
 <事実>被告人らは,全逓の春季闘争の一環として,多数のビラを貼付する目的で,○○郵便局局舎内に管理権者(郵便局長)の事前の了解を受けることなく立ち入った。
1審(盛岡地判昭和53・3・22)は,被告人らの本件立入りの目的はビラ貼り行為に止まり,それ以上の暴行にわたるような行為を目的としておらず,違法性の程度はそれ程強いとはいえないこと,管理者たる局長の意思に反していたとはいえ,その立入り拒否の意思もさほど強固なものとはいえないこと,立入りが平穏なものであったこと,立入り時間は勤務時間終了後で執務の妨害にもならなかったこと等の具体的事情を考慮すると,被告人らの本件立入り行為は未だ建造物侵入罪の構成要件に該当しないとして,被告人らを無罪とした。2審(仙台高判昭和55・3・18)も,基本的に同趣旨であり,本件における管理権者の立入拒否の意思は外面的にそれほど強いものとはいえず,組合員による立入を半ば放任していたと見られてもやむをえないとして,無罪を言い渡した。最高裁は,管理権者があらかじめ立入拒否の意思を明示していないときにも,建造物の管理状態等から立入行為を管理権者が容認していないと合理的に判断されるときには建造物侵入罪が成立すると判示し,本件では被告人らの局内立入が局長の意思に反するものと認定するのが合理的であるとして,原判決を破棄し,高裁に差し戻した。差戻控訴審(仙台高裁昭和61・2・3)では,ほぼ同様に述べて,住居侵入罪を肯定した。
<判旨>(差戻し)「刑法130条前段にいう『侵入し』とは,他人の看守する建造物等に管理権者の意思に反して立ち入ることをいうと解すべきであるから,管理権者が予め立入り拒否の意思を積極的に明示していない場合であっても,該建造物の性質,使用目的,管理状況,管理権者の態度,立入りの目的などからみて,現に行われた立入り行為を管理権者が容認していないと合理的に判断されるときは,……同条の罪の成立を免れない……。」 
【事例2】最判昭51・3・4刑集30・2・79
<事実>いわゆる全闘委に属する被告人両名が,部外者の立入を禁止していた東京大学構内の研究所南側通路の金網柵にロープをかけてその東側を引き倒して乱入し,もって人の看守する建造物に侵入したという事案で,1審(東京地判昭和47・10・17)は,本件土地が研究所の建物を囲繞する土地であり,同大学の敷地の一部であるとともに,客観的には研究所の構内とみられる土地であり,また,いわゆる定員化をめぐり全闘委が行った本件闘争の一環としてなされた本件犯行は,その目的において首肯しうる点が存するとしても,手段において社会通念上許された限度を超える行為であったなどとして,被告人両名をいずれも有罪とした。控訴に対し,2審(東京高判昭和49・2・27)は,大学構内全体における本件土地の客観的位置関係,本件土地とその周辺の地形地物の状況,外界との関係,本件土地の利用及び管理の状況等を洞察すれば,到底研究所の建物の固有の敷地とは認め難く,また,金網柵が構築されたからといって,それまでの本件土地の性質が変わり,研究所の建物の固有の敷地になったとまでは認めることができないから,本件土地を研究所の建物に附属する囲繞地とみることはできないとして,原判決を破棄し,被告人両名を無罪とした。検察が上告。
<判旨>「……けだし,建物の囲繞地を刑法130条の客体とするゆえんは,まさに右部分への侵入によって建造物自体への侵入若しくはこれに準ずる程度に建造物利用の平穏が害され又は脅かされることからこれを保護しようとする趣旨にほかならないと解されるからである。この見地に立って本件をみると,地震研建物の西側に設置された東京大学構内を外部から区画する塀,通用門(第1審判決のいう正門)及び南側に設置されたテニスコートの金網など既存の施設を利用し,これら施設相互間及び地震研建物との間の部分に,前記金網柵を構築してこれらを連結し、よって完成された一連の障壁に囲まれるに至つた土地部分は、地震研建物のいわゆる囲繞地というべきであって、その中に含まれる本件土地は、建造物侵入罪の客体にあたるといわなければならない。」
【事例3】最判平成21・11・30刑集63・9・1765
<事実>1審は以下のように事実認定している。被告人は,本件マンション内に立ち入って,エレベーターで最上階の7階に上ると,順次階を下って各階居室のドアポストにd党のビラを投函していた。そして,被告人が3階に至り,その廊下で各居室のドアポストにビラを投函していたところ,Bに「このビラを入れたのはお前か。」と声をかけられた。そこで,被告人が,「はい,私が入れました。」と答えると,Bが,「d党のビラを入れられるのは迷惑なんだよ,何度も何度もd党本部に電話しているのに,また入れやがって。」と言ったため,被告人は,「正当な政治活動だから,しちゃいけないことではないのではないでしょうか。」と答えた。これに対し,Bは,「おれの許可なくこのマンションに立ち入るのは迷惑だ。」と強く主張し,「お前はd党員か。」と尋ねるなどしてきたが,被告人は,「答える必要はないでしょう。」と答えた。
 すると,Bは,「おれの部屋に接近するな,近付くな。」と言い,同日午後2時27分ころ,持っていた携帯電話で110番通報を始めた。Bは,110番につながると,被告人が本件マンションに立ち入ってd党のビラを投函したことや,被告人の服装などを告げ,「ガラは押さえた。」,「PCで来い。」などと言って,警察官の臨場を要請した。
 こうして警察官が本件マンションまでやって来ることになり, Bが1階に降りて待っているように指示をしたため,被告人はこれに従って,1階に降りてBが降りてくるのを一人で待った。数分してBが1階玄関ホールに降りてくると,被告人とBは1階玄関出入口を出て,出入口ドアの前で警察官が臨場するのを並んで待っていた。
 警察官のC巡査(以下「C」という。)及びD巡査長(以下「D」という。)は,同日午後2時40分ころ,本件マンション前に到着したが,BはCらの姿に気が付くと,手招きしながら「110番通報したのは私です。」と言って,CとDを呼び寄せた。このとき,Bと被告人は並んで立っており,被告人は,印刷物の入ったビニール袋を携えていた。
 Bに対してはCが,被告人に対してはDがそれぞれ事情聴取に当たることになり,Bは,非常に興奮した様子で,Cに対し,「この人が勝手にマンションに入って玄関ドアポストにチラシを配ったんです。」,「被害届を出します。」,「訴えますから早く警察へ連れていってください。」などと言って,被告人を警察に連行し,厳重に処罰するよう求めていた。他方,被告人は,Dに対し,「1階の管理人室に誰もいなかったので勝手に入ってチラシを配りました。」,「政治活動をしていただけだ。何が悪いんですか。」などと言っていたが,これに対してBは,玄関ホール掲示板にあるはり紙を指しながら,「マンションの無断の出入りを禁止しているだろう。」,「あれ見ただろう。」,「チラシの投函を禁止してあるだろう。」などと強い口調で被告人をとがめた。そして,Dも,被告人に対して,玄関ホール内のはり紙を指しながら,「あのようにチラシの配布を禁止してあるでしょう。あれ見たでしょう。」と言ったが,被告人は,「中には見たい人もいるから。」,「集合ポストだと失礼でしょう。だから集合ポストではなくて,各住宅の玄関ドアに配ったんです。」などと答えた。また,この間,被告人が逃走の気配を見せることはなかった。
<判旨>「本件マンションの構造及び管理状況,玄関ホール内の状況,上記はり紙の記載内容,本件立入りの目的などからみて,本件立入り行為が本件管理組合の意思に反するものであることは明らかであり,被告人もこれを認識していたものと認められる。そして,本件マンションは分譲マンションであり,本件立入り行為の態様は玄関内東側ドアを開けて7階から3階までの本件マンションの廊下等に立ち入ったというものであることなどに照らすと,法益侵害の程度が極めて軽微なものであったということはできず,他に犯罪の成立を阻却すべき事情は認められないから,本件立入り行為について刑法130条前段の罪が成立するというべきである。……(以下,憲法21条との関係につき)……確かに,表現の自由は,民主主義社会において特に重要な権利として尊重されなければならず,本件ビラのような政党の政治的意見等を記載したビラの配布は,表現の自由の行使ということができる。しかしながら,憲法21条1項も,表現の自由を絶対無制限に保障したものではなく,公共の福祉のため必要かつ合理的な制限を是認するものであって,たとえ思想を外部に発表するための手段であっても,その手段が他人の権利を不当に害するようなものは許されないというべきである。本件では,表現そのものを処罰することの憲法適合性が問われているのではなく,表現の手段すなわちビラの配布のために本件管理組合の承諾なく本件マンション内に立ち入ったことを処罰することの憲法適合性が問われているところ,本件で被告人が立ち入った場所は,本件マンションの住人らが私的生活を営む場所である住宅の共用部分であり,その所有者によって構成される本件管理組合がそのような場所として管理していたもので,一般に人が自由に出入りすることのできる場所ではない。たとえ表現の自由の行使のためとはいっても,そこに本件管理組合の意思に反して立ち入ることは,本件管理組合の管理権を侵害するのみならず,そこで私的生活を営む者の私生活の平穏を侵害するものといわざるを得ない。したがって,本件立入り行為をもって刑法130条前段の罪に問うことは,憲法21条1項に違反するものではない。」
【事例4】東京地判平成18・8・28
<判旨>「検察官は,上記の事実につき,住居侵入罪の成立が認められる旨主張する。他方,弁護人は,被告人が上記の日時にd党の作成したビラを各居室のドアポストに投函する目的で本件マンション内の前記共用部分に立ち入った事実は争わないものの,〔1〕本件の公訴提起に至る捜査手続には重大な違法性があるから,公訴棄却の裁判がなされるべきである,〔2〕上記の事実関係については,住居侵入罪の構成要件に該当せず,違法性も認められないので,被告人は無罪であるなどと主張している。
 これに対し,当裁判所は,〔1〕公訴棄却を求める弁護人の主張には理由がないものの,〔2〕被告人の立入り行為につき正当な理由がないとまではいえないことから,住居侵入罪の構成要件に該当せず,結局,被告人は無罪であると判断した。」
 なお,上記〔1〕について,以下のように言う。「Cらは本件マンションに臨場した時点では被告人に任意同行を求めるとの認識しか有していなかったものの,その後亀有警察署で被告人から事情を聴くうちに,警察上層部の指示で身柄を拘束する方針に転じたことから,事後的に私人による現行犯逮捕がなされた旨取り繕われることになったのであって,Cらが本件マンションの1階玄関出入口前で被告人からいったん本件ビラを受け取るなどしながら,それを返還しており,逮捕に伴う差押えをしていないこともその裏付けとなる旨主張する。しかし,Cらが任意同行を求める認識しか有していなかったとの点については,……,亀有警察署に連行した後に現行犯逮捕として取り扱うことを決めたのであったとしても,前記のとおり,要件を満たしていたのであればそれが違法であるとはいえない。また,逮捕に伴う差押え等をしていないことについても,私人による現行犯逮捕の場合であるから,何ら不自然ではない。したがって,この点に関する弁護人の主張は採用できない。」