2018 第3回目
刑法ⅡA 補助プリント(No. 3)逮捕・監禁罪,略取・誘拐罪
1 法益としての自由
刑法は,生命・身体に続き,自由を保護する。ただし,刑法の保護法益としての自由は,抽象的な自由ではなく,人間の具体的な関係の中で,自己がどのように「ある」かについて,自己決定し,自己支配できることを保護する。具体的には,脅迫罪・強要罪は自由な意思決定および自由な意思行為を保護法益とする。逮捕・監禁罪は,身体および行動に対する外部的な拘束を禁止することによって,身体的な行動の自由を保護法益とする。略取・誘拐罪は,以上のような自由が具体的な生活の場において保障されるために,各人が各人の生活環境に「ある」ことにつき侵害されない自由を保護法益とする。
(脅迫罪)刑法222条① 生命,身体,自由,名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫したものは,2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。
(強要罪) 223条① 生命,身体,自由,名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し,又は暴行を用いて,人に義務のないことを行わせ,又は権利の行使を妨害したものは,3年以下の懲役に処する。
2 逮捕罪・監禁罪
(逮捕・監禁罪)刑法220条 不法に人を逮捕し,又は監禁した者は,3月以上7年以下の懲役に処する。
人を不法に逮捕することが逮捕罪であり,人を不法に監禁することが監禁罪である。逮捕とは,縄で縛るような有形的方法によって,身体を直接的に拘束し,身体活動の自由を侵害することである。欺罔や脅迫などの無形的方法でも可能だとされるが(通説),無形的方法による逮捕行為がありうるのか,疑問である。監禁とは,一定の場所から脱出できないようにし,あるいは著しく困難にすることである。施錠といった物理的方法であると,【事例1】のように羞恥心や恐怖心を利用した心理的方法であるとを問わない。
逮捕・監禁罪の保護法益は,身体活動の自由である。ここでの「身体活動」は自然的・事実的意味における活動である【事例2】。これについては,現実的自由の侵害なのか,それとも,潜在的・可能的自由の侵害なのかが問題になる。通説は,これを潜在的・可能的自由の侵害とするので,たとえば熟睡中の者に対して外部から部屋を施錠したとき,1度も目を覚まさなかった場合でも,監禁罪が成立する。しかし,これでは,具体的な法益侵害がないところに,犯罪が成立することになり,疑問である。
監禁の場所と方法に制限はない。欺罔して自動車に乗せ,被害者が欺罔に気づき,停車を求めた後も走りつづけた行為に,不法監禁罪を認めたもの【テキスト12頁】,労働争議において「喧騒する大衆の面前」での恐怖心を利用した監禁を認めたものなどがある(最判昭28・6・17刑集7巻6号1289頁)。また,オートバイに女性を乗せて1キロメートル疾走した行為を監禁罪とした決定もあるが【事例3】,これは監禁罪なのか,疑問が残る1。
【事例1】最判昭和24・12・20刑集3・12・2036
<判旨>「……然し原判決が確定した事実に徴しても明らかなように被告人は海上沖会に碇泊中の漁船内に同女を閉込めたのであるから陸上の一区画に閉込めた場合と異り上陸しようとすれば岸まで泳ぐより外に方法はないのみならず時刻は深夜の事でもあり、しかも当時強姦による恐怖の念が尚継続していたものと認められないことはない本件の場合において同女が該漁船から脱出することは著しく因難なことであるといわなければならない。しかしてかかる場合は猶刑法にいわゆる「不法に人を監禁した」ものと解するのが相当である。……」
【事例2】京都地判昭45・10・12判時614・104
<事実> 被告人は,母子2人の暮らす住居で強盗に失敗し,警官に包囲された後,住居に残されたA(1歳7月)を人質にして,Aを約4時間半にわたり不法に監禁した。
<判旨> 「……行動の自由は,自然人における任意に行動しうる者のみについて存在するものと解すべきであるから,全然任意的な行動をなしえない者,例えば,生後間もない嬰児の如きは監禁罪の客体となりえないことは多く異論のないところであろう。しかしながら,それが自然的,事実的意味において任意に行動しうる者である以上,その者が,たとえ法的に責任能力や行動能力はもちろん,幼児のような意思能力を欠如しているものである場合も,なお,監禁罪の保護に値する客体となりうる……」。
【事例3】最決昭38・4・18刑集17・3・248
<判旨>「(婦女を姦淫する企図の下に自分の運転する第二種原動機付自転車荷台に当該婦女を乗車せしめて1000メートルに余る道路を疾走した所為を似て不法監禁罪に問擬した原判決の維持する第1審判決の判断は、当審もこれを正当として是認する)。」
3 略取・誘拐罪
刑法224条 未成年者を略取し,又は誘拐した者は,3月以上7年以下の懲役に処する。
225条 営利,わいせつ又は結婚の目的で,人を略取し,又は誘拐した者は,1年以上10年以下の懲役に処する。
225条の2① 近親者その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する者の憂慮に乗じてその財物を交付させる目的で,人を略取し,又は誘拐した者は,無期又は3年以上の懲役に処する。
② 人を略取し又は誘拐した者が近親者その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する者の憂慮に乗じて,その財物を交付させ,又はこれを要求する行為をしたときも,前項と同様とする。
略取・誘拐罪(拐取罪)の保護法益につき,学説は,①被拐取者の自由とする見解,②保護監督者の監護権とする見解,③その両者とする見解,④被拐取者の自由および身体の安全とする見解などがある。拐取罪の保護法益が,①と無関係であるとは思えないので,②は誤っている。ただし,被拐取者の自由は,行動の自由のような限定的なものではなく,本来の生活環境に「ある」ことによって保障される自由である。したがって,本来の生活環境から離脱させることが拐取罪の核心であり,自由の意識や行動の自由をもたない者にも,拐取罪は成立するし,監護権者が犯罪の主体になることもできる。また,被拐取者の安全が保障されていても,拐取罪はありうる。したがって④の限定も不要である。
拐取罪には多くの犯罪類型があるが,未成年者拐取罪(224条)と営利目的等拐取罪(225条)が基本類型である。
未成年者拐取罪では,どのような生活環境に「ある」べきかを主体的に選択する権利は未成年者にもあるので,未成年者の行動の自由との限界例では,離脱の有無につき曖昧さが残る。そのような場合,略取では「暴行・脅迫」,誘拐では「欺罔・誘惑」といった生活環境から「離脱」させた手段に注目すべきであって,被害者の同意をあまり強調すべきではない。
営利目的等誘拐罪における「営利の目的」とは,「誘拐行為によって財産上の利益を得ることを動機とする場合」であり,その利益は,「被誘拐者自身の負担によって得られるものに限らず,誘拐行為に対して第三者から報酬として受ける財産上の利益をも包含する」(最判昭37・11・21刑集16巻11号1570頁)。
身代金拐取罪(225条の2)は,近親者その他被拐取者の安否を憂慮する者【テキスト14頁】から,その憂慮に乗じて身代金をとる拐取罪に対応するために,昭和39年に新設された。それまでは,営利目的等拐取罪と恐喝罪の併合罪として処理されていた。さらに,国外移送目的での拐取罪(226条①),人身売買罪の規定がある。
1 このケースでは,被告人の甘言があったとはいえ,被害者が自らオートバイの後部座席に乗っている。また,女性がオートバイから飛び降りて逃げたのに対して,追いすがり,暴行を加えており,さらに事件後,女性が自殺したことなどの諸事情が判決に影響を与えているのだろう。