2018 第2回目

 

刑法ⅡA 補助プリント(No. 2) 傷害罪・暴行罪

1.傷害罪
刑法204条 人の身体を傷害した者は,15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
205条 身体を傷害し,よって人を死亡させた者は,3年以上の有期懲役に処する。
   206条 前2条の犯罪が行われるに当たり,現場において勢いを助けた者は,自ら人を傷害しなくても,1年以下の懲役又は10万円以下の罰金若しくは科料に処する。
207条 2人以上で暴行を加えて人を傷害した場合において,それぞれの暴行による傷害の軽重を知ることができず,又はその傷害を生じさせた者を知ることができないときは,共同して実行した者でなくても,共犯の例による。
(1) 傷害の意義
 傷害とは「他人の身体に対する暴行によりその生活機能に障がいを与えること」であり,外的な傷痕は不要である(最判昭32・4・23刑集11・4・1393)。このことに異論はない。ただ,生活機能の障害を強調すれば,身体の安全という傷害の保護法益から遊離する危険がある。「生理的機能」への侵害という側面をもっと重視すべきであろう。その意味で,性病を感染させたケースにつき,「傷害罪は他人の身体の生理的機能を毀損するものである以上、その手段が何であるかを問わないのであり,本件のごとく暴行によらずに病毒を他人に感染させる場合にも成立するのである」(最判昭27・6・6刑集6・6・795)としたのは正しい。「生命」という最高の法益をより手厚く保護するために,生命を生理的な側面で支える「身体」の安全が保護されているからである。したがって,「……連日朝から深夜ないし翌未明まで,上記ラジオの音声及び目覚まし時計のアラーム音を大音量で鳴らし続けるなどして,……,同人に全治不詳の慢性頭痛症,睡眠障害,耳鳴り症の傷害を負わせた……,……傷害罪の実行行為に当たる……」とした判決【テキスト11頁(最決平成17・3・29刑集59・2・54)】は間違ってはいない。
  (2) 傷害罪の罪質
 傷害の故意で人を傷害するとき,傷害罪が成立する。そのことに争いはない。問題は,暴行の故意で傷害の結果が発生したときに生じる。この場合,責任原理の原則からは,暴行罪と過失傷害罪を認めるのが本筋である(便宜上「故意犯説」と呼ぼう)。しかし,判例は,一貫して,傷害罪に結果加重犯の性格を認めている【事例1】。それに従う学説も多い。
 その理由は,刑法208条の「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは」という規定にある。この規定から,傷害の故意なしに,暴行して人を傷害したとき,(傷害に至った以上)暴行罪は成立する余地はないと考える。そうすれば,結局,過失傷害罪(罰金刑)だけが成立し,暴行の故意で暴行して人を傷害するに至らなかった場合(暴行罪)よりも軽くなり,刑の不均衡が生じる。それを避けるため,傷害罪は結果加重犯を含むとする。しかし、傷害致死罪は傷害罪の結果加重犯だから,これでは,暴行の故意で暴行し致死に至った場合,常に致死の責任までが問われる。ここまでくれば,責任原理は完全に無視されたことに等しい。
 これに対して,傷害罪を故意犯だとすれば(故意犯説),責任原理の要請は充たされる。傷害の故意で傷害した場合と傷害の故意なく傷害した場合を同一視する不整合性がなくなるからである。ただし,この場合,暴行して人を傷害したときにも,暴行罪が成立する可能性を認めねばならない。そこで暴行罪の規定をみれば,文言上,暴行して人を傷害したとき,暴行罪は成立しないと解すべき必然性はないと言える。規定はあきらかに傷害罪を基本とし,単なる暴行ではなく,傷害の可能性のある暴行を予定している。判例によれば,暴行罪は「人の身体に対し不法な攻撃を加えること」(最判昭29・8・20刑集8・8・1277)だが,そうであれば、「人に暴行を加えた者は」と規定すれば足りる。「人を傷害するに至らなかったとき」という文言は,傷害の可能性のある暴行を要求するが,現に傷害に至った暴行を暴行罪から排除する趣旨ではない。暴行して人を傷害しても,暴行の故意しかなければ,それは暴行罪である。
【事例1】最判昭22・12・15刑集1・80
<判旨> 「暴行の意思あって傷害の結果を生じた以上,たとえ傷害の意思なき場合と雖も,傷害罪は成立する」。
 (3) 結果加重犯(傷害致死罪)
 傷害致死罪は結果加重犯である。加重結果に故意があれば殺人罪だから,傷害致死罪の場合,死の結果につき故意がないことは前提である。ただし,責任原理の要請として,死の結果につき予見(過失)は必要だろう。判例はそれを否定するが,故意・過失のないところに非難はなく,つまり刑事責任はありえない。この原則を軽視すべきではない。
 (4) 傷害罪の特例
 傷害罪には2つの特例がある。1つは現場助勢罪であり,もう1つは同時傷害の特例である。どちらも理論的には説明が困難である。前者については,幇助との関係が不明確であり,後者については,「嫌疑刑」を認めるもので違憲だというより深刻な批判がある(平野『概説』170頁)。

2.暴行罪
刑法208条 暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは,2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
 刑法上,多くの犯罪類型で,暴行の概念が用いられる。①最広義の暴行は,内乱罪(77条)・騒乱罪(106条)・多衆不解散罪(107条)などの暴行であり,人に対しても,物に対しても,不法な有形力の行使のすべてを指す。②広義の暴行は,公務執行妨害罪(95条1項)・加重逃走罪(98条)・強要罪(223条1項)などの暴行であり,人に対する直接・間接の不法な有形力の行使を指し,人の身体に対すると物に対するとを問わない。③狭義の暴行は,暴行罪の暴行であり,人の身体に対する直接・間接の不法な有形力の行使を指す。④最狭義の暴行は,強制わいせつ罪(176条)・強姦罪(177条)・強盗罪(236条)などの暴行であり,人の反抗を抑圧し,または著しく困難にする程度の不法な有形力の行使を指す。
 暴行罪の保護法益は身体の安全だから,本罪の暴行は人の身体への不法な有形力の行使でなければならない。その典型は「殴る」とか「蹴る」とかの直接的な行為であるが,これ以外にも,判例は暴行を広く認め,たとえば「食塩をふりかける」ことなども本罪の実行行為だとする。こうなれば,暴行は「不快嫌悪の情を催させる行為」となり,その法益は単なる感情の保護に抽象化されている【事例2】。しかし,すでに見たとおり,本罪の暴行は,単に人の身体に対する不法な有形力の行使では足りず,傷害の危険性が必要だと解すべきである。ただ,暴行と傷害を比べた場合,刑罰がかなり違うので,未遂犯に要求されるほどの危険性は不要だろう。
 なお、有形力の行使につき,身体への接触は暴行の成否と無関係である。判例は,狭い室内で日本刀を振り回した行為を暴行とするが【テキスト9頁】,この判断は妥当である。この事件では,実際に,日本刀が被害者の腹部に突き刺さって,失血死している。それは,突き刺さる前,目の前で日本刀を何回か振ったという行為の現実的な危険性を証明している。本罪における暴行の核心は,身体との接触の有無という形式的な側面ではなくて,傷害の危険性という実質的な内実にある。したがって,接触不要説をとれば,暴行罪が身体の安全感を保護することになるという批判はあたらない。
【事例2】福岡高判昭46・10・11刑事裁判月報3・10・1311
<事実>人に対し,その頭・顔・胸および大腿部に食塩を数回ふりかけた行為を暴行罪としたケース。被告人控訴。
<判旨>「刑法第208条の暴行は,人の身体に対する不法な有形力の行使をいうものであるが,右の有形力の行使は,所論のように,必ずしもその性質上傷害の結果発生に至ることを要するものではなく,相手方において受忍すべきいわれのない,単に不快嫌悪の情を催させる行為といえどもこれに該当するものと解すべきである。そこで,これを本件についてみるに,……,通常このような所為がその相手方をして不快嫌悪の情を催させるに足りるものであることは社会通念上疑問の余地がないものと認められ,かつ同女において,これを受忍すべきいわれのないことは,原判示全事実および前段認定の事実に徴して明らかである。してみれば,被告人の本件所為が右の不法な有形力の行使に該当することはいうまでもない。」