私たちの商店街HPをご覧いただき、ありがとうございます。
お客様に喜んでいただける商店街を目指し、常に新しいものを取り入れ、様々な活動を行いながら、久留米中心商店街の活性化に努めたいと考えております。
あけぼの商店街では、お客様や商店の方々に、いつでもご利用いただけるように、車椅子を2台常設する等「人に優しいまちづくり」を推進しています。
このHPの活用もはかりながら、皆様に喜んでいただける商店街を目指しておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。
久留米市は、福岡県下三番目の中核都市で、あけぼの商店街は、昭和21年の戦後混乱期にいち早く商店街組織を立ち上げ、、久留米市民のみならず、筑後一円、さらには県南の人々が集うことの出来る商店街です。これまでの長い歴史の中、様々な活動を行ってきました。
郊外大型店の進出等により、全国的に中心商店街は衰退しています。久留米の中心商店街も同様です。
当商店街では、常に新しい事にチャレンジして、平成16年10月より、久留米では、いち早く、自力でPCのHPや携帯サイトを立ち上げ、旬の情報を発信しています。温故知新を基に、お客様のご意見を伺い、良いことには、挑戦し実行したいと、思っています。
商店街に買い物においでの従来のお客様、さらには、ネットでの来訪のお客様にも親しみを持って頂く商店街を目指しています。平成17年度より、イベント・抽選会等を毎月開催しています。
現在は、三つの地区で成り立っています。
・六角堂広場商業棟の店舗
・東館地区店舗、南館地区店舗は、昔ながらの風情のある通りであり、昔ながらの路地裏の雰囲気のある地区です。
チョッと隠れ家的雰囲気です。
平成19年12月1・2日:抽選券つき商品券の販売(おかげさまで完売しました)
平成19年3月より:2ヶ月毎に一回、当商店街案内冊子を部を部数限定で作成し配布する。
平成19年:全国商店街振興組合連合会より当商店街の取組みについて取材を受ける。
取材内容は、平成18年中小企業庁委託事業による、「商店街活性化に係る事例調査研究」報告書に掲載・紹介されました。(掲載された報告書の巻頭言 報告書中のあけぼの商店街関連記事
平成18年:商店街60周年を迎え、大々的にイベントを開催
・一万二千円分の商品券を一万円で販売。更にお買い上げのお客様にWチャンスとして、空クジ無しの抽選会を行い、特賞には旅行券等、豪華賞品を揃えました。
(お客様の利便性を考え、当商店街近隣の商店街でも商品券を利用できるよう当商店街で二千円分の差額を負担し、お客様に喜んで頂きました。)
・環境問題への取組みとして、六十周年記念お買物袋を作成し、お客様にサービス品として進呈しました。
(片面に創業年の店舗名を掲載、反対面に現在店舗名を掲載。評判が良く、販売して欲しいとの声もありました。)
平成17年:北海道商店街新報に当商店街の取組みについて取材記事が掲載される!
11月中頃、北海道商店街連合会「北海道商店街新報」の小松記者が取材に来訪、掲載記事のある2月15日号(第441号)を送っていただきました。
各地域商店街独自の取組みが種々紹介される中に、当商店街を取り上げていただいたことにあたたかい激励の気持ちをいただきました。
一同、大変喜ぶと共に、感謝の念で一杯です。今後も自らの創意工夫で、商店街活動を発展させたいと念願しております。
平成16年:六角堂広場完成にともない、地域の有志で毎年6月の第一金、土、日と8月4日の水の祭典には”ビールまつり”を開催、幸い、おいで下さるお客様の数も漸増の傾向にあり、おかげさまで地域に根ざしたイベントへと成長しています。
平成12年:中心商店街再生のため、市が土地を購入。跡地には、市民の憩いの広場として六角堂広場が完成。第三セクターまちづくり会社「ハイマート」が管理運営をおこなう事になりました。広場は、市民によるコンサートやイベントが行われ、商業棟では、飲食店舗が入店。
昭和64年以降:商店街の大火災により、中心部は瓦礫の山となりました。
平成に入っても、さまざまな問題が絡み、再建は困難となり、駐車場に姿を変えていたことがあります。
8月4日のくるめ祭り”水の祭典”に合せ、今一度元気を取り戻すために、商店街の垣根を越えた、地域の若手有志が意気投合し、お客様の休息所をかねてビアガーデンを始めました。すべてメンバーの創意工夫による手作りで、運営面等、イベントのたびに、参加メンバーが和気あいあいで真剣な意見交換を積み重ねて成長してきました。
昭和64年12月:戦後最大の大火災で、商店街の半数が消滅。
組合員の中には、廃業の店舗もでて、再開発も断念することになりました。仮設店舗にて、営業をおこなっていました。
昭和33年:商店街イベントとして、明治通り1万本つつじ満開祭りを開催しました。
昭和33年4月28日:六角堂の一階に、当時では珍しかった17寸のテレビ2台を購入。
テレビセンターをオープン、当時のスター「プロレスラー力道山」のテレビ観戦等に、多くの市民が集い、大変な賑わいでした。


昭和27年:商店街交流として、福岡新天町や八幡商店街の方々と野球遠征試合等を開催。
昭和26年10月:小倉市魚町銀天街が全国に先駆けて、アーケードを作られました。
銀天街の名前の由来となった銀天井(銀色の天井)工事竣工式には、久留米商店街代表として参加し、祝辞を述べました。
昭和26年5月20日:久留米「水天宮祭り」に参加された廣瀬正雄日田市長・観光協会長及び西常次日田商工会議所会頭、(当時)両氏のお招きで日田市「川開き観光祭」に参加し、交流を深めました。
昭和26年5月10日:水天宮祭りに日田市のどんたく隊に参加していただきました。


「アベック」は、いつまで使っていた言葉でしょうか?「スプリングセール」で映画招待券が景品に。バイク姿もイーデスね。


栄養通りの買い物の様子。京都の錦市場にも負けなかったのではないでしょうか。


コドモヤさんや和服のお店。オーイシさんの資生堂化粧品デー。当時の皆さんの姿も、今とは少し違う雰囲気ですね。


絣姿のおそろいで踊り練り歩き 右側は当時の明治通り、教会の屋根が見えています。


あけぼのまつりでの花嫁時代ショー!!と花トラック(といえばいいのかな?)

水天宮祭りではあけぼの演舞場の舞台も準備して盛り上がっていました。





あけぼの商店街は初売りから三社初詣りのご招待もやっていたのですね。十日恵比寿の売り出し案内も・・・。